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『青淵』No.730 2010(平成22)年1月号
新年明けましておめでとうございます。
本年は、渋沢栄一が生誕して170年という一つの節目の年を迎えます。史料館として特別な事業を行う予定はありませんが、改めて渋沢栄一の残した事績・考えといったものを見つめなおし、日々の活動に反映させていくことを考える年にしたいと思っています。
最近の日本では、明治時代における起業家の経営の理念とその方法が改めて見直されています。その中にあって、特に渋沢栄一の注目度が増し続けているのです。
それは、決して過去の存在としてではなく、現代社会にあって今なお色褪せることなく、彼の事績・思想が私たちに多くの示唆を与えてくれるからであると思われます。では、どのような部分で渋沢栄一が注目されるのかを少しまとめてみましょう。
とりわけ、多くの方々が求めているのは、渋沢栄一の中心的考え「道徳経済合一」についてです。企業の目的が利潤の追求にあるとしても、その根底には道徳が必要であり、国ないしは人類全体の繁栄に対して責任を持たなければならないという意味のものでした。この部分をテーマとした講演依頼が数多く寄せられていることや、渋沢栄一も人生の規範、道徳面の拠り所とした『論語』に関する出版物や、渋沢栄一の「道徳経済合一」の考えを目に見える物として世に出した一書『論語と算盤』に関する書物が多く出版されているのもその表れと思われます。
前に示した渋沢栄一の思想ともつながるところですが、『論語』、儒教精神の再評価が見られる中で、渋沢栄一が注目されています。その要因として、中国の台頭につながる東アジアの存在感の高まりが考えられます。昨年開催した特別展「日中米の近代化と実業家」の内容からも明らかなように、東アジアの近代化と経済発展の歴史は、19世紀半ばを境として開始されました。その後、戦争や各種の社会変動など、幾多の激動を経験してきましたが、150年を経てようやく地域全体を網羅する本格的な発展の時を迎えているように見受けられます。今後の世界の国際関係を考えましても、太平洋諸国、特に東アジアの国々の存在感が着実に高まってきていると思われます。
このような時に、昨年開催したような企画を通じて日中米3国の近代化の比較研究を進めることは、過去を振り返ると共に、未来からの要請に応える意味が大きいと考えています。昨年の日中米3国共同の企画が将来の世界に向かって、建設的な結果をもたらすことを願っています。
フィランソロピー(慈善活動)、メセナ(企業の文化支援活動)活動の先駆者としての渋沢栄一にも注目されるところです。
企業等の社会貢献活動が多く見られるようになってきた今日ですが、フィランソロピー、メセナの本質を見極めた正当な活動の再認識をする意味でも渋沢栄一の社会公共事業への貢献を改めて検討する動きが出始めています。
リーダーシップを発揮する部分での渋沢栄一像にも注目されています。
先を見据えた確固たるビジョンを持ったリーダーがなかなか出てこない今日にあって、渋沢栄一像を重ね合わせた新たなリーダー創出への期待が込められてのものと思われます。
高齢社会の模範としても渋沢栄一は注目されています。
まず、91年生きたということが評価の対象となりますが、最後まで自分で身のまわりのことができ、愉快に生きることを旨としていたという部分、さらに、最後の最後まで自分の使命として、世の中のために奔走した生き方が注目されるところだと思います。
世の中の繁栄とは、中央のみならず、地方・地域の振興もあってのものとする渋沢栄一の考えが、今日、各地域の活性化推進につながるものとして、注目されようとしているように思われます。
各地域は、中央で考えられたものをただ導入するだけでなく、あくまでも参考とするところから、地域・地域においてその土地に見合う最適の施策を見出すことの必要性、さらには、その施策遂行のための人材育成を考えるべきとする考えだと思います。
当財団においても、昨年より、渋沢栄一のこの考えに基づき、各地にて地域の活性化をはかる方策を考えることを目的とするシンポジウム、企業シミュレーション講座等の実施に取り組み始めています。中央と地域という直線的なつながりだけでなく、地域間ネットワークにより情報の共有化等がはかられ、それぞれの地域にて活性化につながるためのきっかけとなることを願っています。
もちろん、地域ということでは、当財団・史料館が存立する当地・東京都北区においても考えていきたいと思います。地域に根ざすということで、地域にとけ込み、地域の人に愛され、地域の人が誇れる存在となるように、地域の方々との積極的に交流してきましたが、さらに積極的な働きかけを心がけたいと思っています。
昨年も同じことを述べましたが、節目ごとの再考、見直しは、とても重要だと思います。改めて言うことではないのですが、単に振り返るだけでなく、次につながるプランを構築する中で、維持すべきところは残し、その時々に応じて変化を必要とするところは、適宜ふさわしい形を見出していくことが必要だと思います。その意味でも生誕170年の節目の年を迎えた今年、改めて渋沢栄一の事績・思考を見直し、その評価をしっかりと受けとめ、適切なプラン構築に繋げていきたいと思っています。
(館長 井上 潤)