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『青淵』No.930 2026年9月号|情報資源センター 若狭正俊
「サッポロラガービール」の瓶を見かける機会があればラベルを見てほしい。そこには"JAPAN'S OLDEST BRAND"そして "SINCE 1876"と書かれているはずだ。同ビールは赤い星のラベルを受け継いでおり、現存する日本で最古のビールブランドとして1877(明治10)年に発売された。前年の1876(明治9)年には、サッポロビール株式会社の前身である開拓使麦酒醸造所が開業している。サッポロビールは本年2026(令和8)年、創業150周年を迎えた。今回は同社社史『サッポロビール120年史』を取り上げ、その歴史と渋沢栄一との関わりを見ていきたい。
「120年史」は全8編の本編とオールカラーの広告宣伝編および資料、年表、索引等合計1,009頁で構成されている。本編は日本の「ビール産業の夜明け」を紹介する序編から始まり、第1編から第7編が、1876(明治9)年の開拓使麦酒醸造所設立前夜から1995(平成7)年頃までの同社と日本ビール産業の記録となっている。写真や図表、注やコラムも豊富で、大著ながら飽きることなく読み進めることができる。なお同社の社史としては他に1936(昭和11)年刊行の『大日本麦酒株式会社三十年史』および『サッポロビール沿革誌』、2006(平成18)年刊行の『サッポロビール130周年記念誌』がある。
前述の通りサッポロビールの歴史は、1876(明治9)年9月23日の開拓使麦酒醸造所の開業に始まる。ドイツでビール醸造技術を学んだ中川清兵衛、開拓使勧業課長で北海道・札幌に麦酒醸造所開設を建議した村橋久成らが現在の札幌市中央区北2条東4丁目に醸造所を建設。苦心の末1877(明治10)年5月、醸造に成功すると冷製「札幌ビール」として東京で販売を開始した。サッポロビールの誕生である。1882(明治15)年、開拓使の廃止に伴い、麦酒醸造所は農商務省、次いで1886(明治19)年に北海道庁の所管となった。この時名称も札幌麦酒醸造所、札幌麦酒醸造場と改められている。その後、北海道庁は所管工場・農場の民間払い下げを進め、醸造場も払い下げられることとなった。それに応じたのが大倉喜八郎率いる大倉組商会である。1886(明治19)年11月、民間企業、大倉組札幌麦酒醸造場が誕生。翌1887(明治20)年12月には大倉が栄一、浅野総一郎らと組んで札幌麦酒会社を設立した。栄一は大倉、浅野、西川虎之助、土田政次郎とともに発起人の一人として名を連ねている。設立後は委員長となった。北海道の農業振興に早くから注目していた栄一は、北海道産の大麦やホップを使ったビール事業が地域振興につながると考え参画したといわれている。「120年史」によると「ビール事業の洋々たる前途に目をつけ、当初は東京に工場を建てる計画」を持っていた栄一と浅野であったが、大倉が札幌麦酒醸造場を譲り受けたことを知って「大倉と共同経営する方がよい、と考えた」とある。(注1)『渋沢栄一伝記資料』収録資料の中で栄一は、「西川虎之助氏が氷の製造を計画したのを私が種々心配してやつたのが中途から麦酒会社計画に変つた。丁度此頃大倉さんが北海道開拓使から麦酒醸造場の払下を受けたので、此処に大倉と一処に麦酒会社を経営する事になつた、之れが札幌麦酒会社でありました。」と語っている。(注2)当時、ビールの醸造、貯蔵、消費地への輸送に大量の氷が必要不可欠であった。のちに栄一らは青山製氷会社を設立、西川は同社の技師となっている。
札幌麦酒会社は1893(明治26)年に札幌麦酒株式会社と名称を変更し、栄一は取締役会長に就任している。この時、専務取締役に就任した植村澄三郎は、同社の経営面の最高責任者として栄一が招致した人物で、その後の同社とビール業界の中心的役割を担う一人となった。
サッポロビールにはもう一つの前身会社がある。1887(明治20)年に設立し、「恵比寿ビール」を販売した日本麦酒醸造会社である。同社にはのちに三井物産が資本参加し、三井物産専務委員の馬越恭平が経営に参画する。馬越の経営手腕により同社は同業他社と並び立つ会社に成長していく。しかしその後、ビールの販売競争が激化し業界共倒れの様相を呈するようになると、馬越が主導する形で会社の合同が呼びかけられ、1906(明治39)年、札幌麦酒、日本麦酒、大阪麦酒株式会社の三社が合併し、大日本麦酒株式会社を設立。馬越が社長、植村が常務に就任した。発起人代表となった栄一は取締役として1909(明治42)年まで経営に関わった。
その後40年余りにわたり日本のビール業界をリードした大日本麦酒は、戦後の過度経済力集中排除法に基づき、1949(昭和24)年に、主に旧・札幌麦酒と旧・日本麦酒の資産を引き継ぐ日本麦酒株式会社、旧・大阪麦酒の資産を引き継ぐ朝日麦酒株式会社(現・アサヒグループホールディングス株式会社)の2社に分割。1964(昭和39)年、日本麦酒はサッポロビール株式会社に社名を変更した。2003(平成15)年には、純粋持株会社への移行に伴いサッポロホールディングス株式会社となり、さらに2026(令和8)年7月1日、事業持株会社への移行により再び社名をサッポロビール株式会社としている。
栄一は1908(明治41)年8月に家族を伴って北海道に視察旅行をした際、大日本麦酒札幌工場を訪れた。その記録が『伝記資料』に収録されている。(注3)大日本麦酒設立の少し前、札幌麦酒はビール需要の飛躍的な増加に伴い、1903(明治36)年、醸造場のほど近くにあった札幌製糖株式会社の工場等施設を買収し、第2製麦所として改修した。「120年史」には製麦所や近隣のホップ園、製びん所の様子が詳しく記録されている。(注4)同工場について、栄一は日記に、施設が広大で設備が整頓されており、ちょうど収穫時期であったホップ園の様子が興味深い等と書き残している。この第二製麦所は現在、同社の歴史を学ぶことができるサッポロビール博物館となっており、本年7月にはバリューアップオープンを果たした。館内の展示パネルや新しい音声ガイドには栄一も登場している。
大日本麦酒株式会社目黒工場(「渋沢栄一フォトグラフ」より)(注6)
なお渋沢栄一記念財団の前身である竜門社は、しばしば札幌麦酒や大日本麦酒の工場で会員総集会を開催している。1914(大正3)年4月の春季総集会には栄一も出席して大日本麦酒目黒工場(のちの恵比寿工場)内の庭園で開催された。閉会後の園遊会では参加者に生ビールおよびシトロンとタンサン水、ラズベリーが提供されている。「120年史」の記述を参照すれば、シトロンは1909(明治42)年に発売した清涼飲料水で、タンサン水とラズベリーはちょうど総集会直前の3月に発売が開始された「リボンタンサン」と「リボンラズベリー」の事と思われる。(注5)総集会は様々な業界で活躍する人びとが集まったので、新商品の宣伝にも役立ったかもしれない。同工場跡地は現在、恵比寿ガーデンプレイスおよびサッポロビール本社となっており、本社隣接のヱビスブルワリートウキョウでは、同工場で使用されていたヱビス酵母を復活し開発された限定のヱビスビールを楽しむことができる。
【注】
1. 『サッポロビール120年史』92頁。
2. 『渋沢栄一伝記資料』別巻第5 627頁。
3. 同上、第29巻527頁。
4. 『サッポロビール120年史』112-118頁。
5. 同上、241頁。
6. 大日本麦酒株式会社目黒工場〔みんなで古写真【渋沢栄一伝記資料】|渋沢栄一フォトグラフ〕(2026年9月17日確認)
https://denkiphoto.shibusawa.or.jp/annotate/photo/1590a982-804c-41d7-9d98-d19c5a58a9eb/info
【主な参考文献】
『サッポロビール120年史』(サッポロビール、1996年)
『渋沢栄一伝記資料』第11巻、第15巻、第29巻、別巻第1、別巻第5、別巻第10
『渋沢栄一を知る事典』(東京堂出版、2012年)
【参考リンク】
渋沢社史データベース
・サッポロビール(株)『サッポロビール120年史 : Since 1876』(1996.03)
https://shashi.shibusawa.or.jp/details_basic.php?sid=1120
渋沢栄一関連会社名・団体名変遷図
・麦酒醸造業A〔商工業:食品〕
https://eiichi.shibusawa.or.jp/namechangecharts/histories/view/005
デジタル版『渋沢栄一伝記資料』
・第11巻|札幌麦酒株式会社
明治20年12月28日(1887年)是ヨリ先栄一、浅野総一郎等ト共ニ麦酒会社ヲ設立セントシ、是月二十四日札幌麦酒醸造所所有者大倉喜八郎ト同場譲渡ノ約定ヲ結ビ、北海道庁長官岩村通俊ニ会社設立ノ出願ヲ為ス。是日許可セラレ翌二十一年一月会社成立ス。栄一委員長タリ。
https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/index.php?DK110053k_text
・第11巻|大日本麦酒株式会社
明治39年3月26日(1906年)是日、札幌麦酒株式会社・日本麦酒株式会社・大阪麦酒株式会社ノ三社合同シテ大日本麦酒株式会社ヲ設立セントシ、東京銀行集会所ニ創立総会ヲ開ク。栄一議長トシテ議事ヲ宰シ、且ツ取締役ニ推サル。
https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/index.php?DK110057k_text
【書誌事項など】
サッポロビール120年史 : Since 1876 / サッポロビール株式会社広報部社史編纂室編
東京 : サッポロビール : 1996.03
xxix, 1009p, 図版7枚 ; 27cm
注記: 英文社名: Sapporo Breweries Limited (p821 定款) ; 制作協力: 大日本印刷CDC事業部年史センター ; 印刷・製本: 大日本印刷, 集美堂 ; 横組み
社史・会社に関する各種ID : 『主要企業の系譜図』図番号: 4-30
外部機関の所蔵データほか : 国立国会図書館サーチ / CiNii Books / Worldcat / 社史ウィキ
※本記事は『青淵』2026年9月号に掲載した記事をウェブサイト版として一部再編集したものです。