情報資源センターだより

89 デジタル版『渋沢栄一伝記資料』別巻の公開

『青淵』No.923 2026年2月号|情報資源センター 井上さやか

別巻の公開:利活用のために

 2025年3月25日、「デジタル版『渋沢栄一伝記資料』」(以下、デジタル版)において、別巻第1~第10のインターネット公開を開始しました。

 渋沢栄一について何か知りたい時にまず調べるのは『渋沢栄一伝記資料』です[1]。2016年11月11日にデジタル版で公開した本編第1巻~第57巻では、栄一の生涯を3つに大別し、1,353を数える「実業・経済」「社会公共事業」の事業[2]ごとに、綱文(日付けと出来事の要約)とその裏付けとなる資料群が収載されています。一方別巻には、栄一の日記、書簡、講演、談話、遺墨、写真などが種別ごとに収載されています。別巻の公開により、栄一を知るための資料集約48,000ページのほとんどが、インターネットを通じて、いつでも・どこでも・誰でも使えるようになりました。

 またこの度、デジタル版では、「著作権ステータス」表示を導入しました。『伝記資料』には、栄一の言説はもとより、栄一一個人の事績にとどまらない、幕末から昭和に至る経済、政治、外交、社会、教育、宗教、文化、学芸など種々の情勢を知る様々な資料が収載されています。それぞれの資料が有する権利を守りながら、存分に利活用するための基本的なルールとして、ご参照ください。

『竜門雑誌』出典記事掲載年
著作権ステータス

伝記を書くための伝記資料

 ここで『伝記資料』より、栄一の服装について着目してみましょう。雨夜譚会の第24回[3]において、晩年の栄一は若かりし頃を想起し、「信州へ商売で出掛けたときは普通の商人の身装で、別に変つた所はない」「二十五歳の時浪人として京都へ上つた時の服装は武士の恰好をして行つた」「仏蘭西では...[中略]...私は此の天鵞絨の洋服を買つて帰つて」等々と語っています。

 農家に生まれ、若くして実家の商売を手伝い、尊王攘夷思想の影響を受け、そののち一橋家に仕官したことをきっかけに渡仏の機会を得...という前半生で知られる栄一ですが、思い出話にある服装の変化からも激動の青年期が感じとれるようです。では栄一の記憶の中以外に、その裏付けとなる情報はどこからきているのでしょうか?例えば、慶應年間の一橋家士官時代の栄一を知る山本讃七郎の談話[4]には「当時のお侍のやうにぶつさき羽織に袴をはいて大小を差してをられたと思ひます」とあります。また別巻第10[5]には、フランス滞在中に撮られた、栄一20歳代の頃の和装と洋装の肖像写真が掲載されています。

 『伝記資料』は、伝記ではなく、伝記を書くための資料を蒐集・編纂した資料集です。誰しもが、栄一が語った多種多様の言葉やその他の資料を確認し、そこから、これまでの或いはこれからの渋沢栄一像を引き出すことができるようになっているはずです。

 是非、新しくなったデジタル版で、楽しみながらお確かめください。

『伝記資料』デジタル化事業の20年:紙からデジタルへ

 さて、『伝記資料』デジタル化事業を開始した2004年度より約20年、渋沢栄一とデジタル技術をめぐっては、大きな変化がありました。

 事業の開始当時、栄一は研究者や企業関係者の中では一定の認知度がありましたが、必ずしも一般的によく知られた存在とは言えませんでした。ところが、2024年に新一万円札の肖像になったこと、それに先がけ2021年にNHK大河ドラマ『青天を衝け』が放映されたことで、栄一の知名度は急激に上昇し、その思想や行動の再発見・再評価と共に、情報への需要が高まりました。

 また、専門知識や時間も費用も必要だったデジタル技術は目覚ましい進化を遂げ、ぐっと身近になりました。現在の私たちは、インターネットで世界中から素早く情報を入手したり、高精度のOCRで手軽に文字起こしをし、AIも活用してデータを編集したりします。一方、非デジタル情報は見えにくくなり、氾濫するデジタル情報の中では若干の混乱が生じているようにも感じます。

 デジタル版は、インターネットを通じた「情報共有」という手法によって、渋沢栄一とその思想を歴史的な文脈の中において考えるための拠点となることを目指して公開しました。勿論、『伝記資料』は万能ではありません。紙からデジタルへと梯子がかかり、時間や場所を越え共有できるデジタル版となっても、進む研究の反映や、新資料など未収載の情報には応えられません。逆にデジタル版となったことで、そこに眠っていた情報の掘り起こしや、『伝記資料』には存在しない、別の場所にある未知の情報との距離を縮めることができるようになりました。「できること」「できないこと」はこれからも変化していくでしょう。増え続けるデジタル情報の中で、紙と変わらず、栄一を知り考えるための拠点であることを期待しています。

 当財団のウェブサイトでは、デジタル版の索引ともいえる「事業一覧」や「渋沢栄一 詳細年譜」を公開しています。また、栄一の日記や写真に特化したデジタルアーカイブ「渋沢栄一ダイアリー」「渋沢栄一フォトグラフ」では、テキストの構造化や人名・地名の可視化、新しく発見された情報の付与など、デジタル版から一歩すすんだ新たな渋沢情報資源の方法を模索し、提案しています。あわせてご活用いただければ幸いです。


【注】(URLは、全て2026年1月29日確認)

[1]小出いずみ「『渋沢栄一伝記資料』をくまなく探したい」(『青淵』No.737、2010.08) https://www.shibusawa.or.jp/center/newsletter/737.html

[2]『伝記資料』では、渋沢が関係した事業を「実業・経済」493件、「社会公共事業」860件収載。同書の編纂主任をつとめた土屋喬雄は、「青淵先生がお亡くなりになりました直後の青淵先生の関係事業の数は、約七百といふことでございましたけれども、本年[1943年]の三月迄の資料に依りますると、実業経済関係が凡そ五百有余、公共事業、社会事業、その他文化事業等の青淵先生の御関係の事業が凡そ六百有余の資料が見出されたのでございます。両方合わせまして凡そ千百有余の御関係事業であります。」(土屋喬雄「青淵先生伝記資料編纂関係者としての所感」、『竜門雑誌』661・662・663号[合併号]、1943.12)と述べている。渋沢栄一記念財団では「渋沢栄一(1840-1931)は、生涯に約500の企業の育成に係わり、同時に約600の社会公共事業や民間外交にも尽力」(https://www.shibusawa.or.jp/eiichi/index.html)と紹介する。

[3]デジタル版『渋沢栄一伝記資料』別巻第5 p.676 https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/index.php?DKB50144m_text

【『渋沢栄一伝記資料』関連リンク集】

(1)『渋沢栄一伝記資料』|渋沢栄一|公益財団法人 渋沢栄一記念財団 https://www.shibusawa.or.jp/eiichi/biography.html

(2)デジタル版『渋沢栄一伝記資料』 https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/

(5)渋沢栄一ダイアリー https://shibusawa-dlab.github.io/app1/

(6)渋沢栄一フォトグラフ https://denkiphoto.shibusawa.or.jp/

※本記事は『青淵』2026年2月号に掲載した記事を、ウェブサイト版として加筆・再構築したものです。


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