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『青淵』No.920 2025年11月号|情報資源センター 社史プロジェクト監修者 村橋勝子
わが国では、近代企業が誕生して間もない明治30年代には銀行や鉄道会社が、第二次世界大戦前には各産業の代表的な企業が「社史」を刊行。以後、増加の一途を辿り、世界でも珍しい社史大国になりました。にもかかわらず、長い間、社史は「読まれない本の代表」と言われ、関心を持たれることはありませんでした。私は、経団連のライブラリーで永年、司書として仕事をしましたが、自分の職場に多くの社史がありながら、全く無関心でした。ところが、今から30年以上前の1992年に図書館関係の雑誌『情報の科学と技術』から「社史」に関する原稿依頼があって、気の進まないまま初めて社史を手に取り、見て驚きました。実にさまざまなことが書いてあり、しかも面白い。読みもしないで、世のネガティブな風潮・先入観に唯々諾々として従っていた自分を大いに恥じ、急遽調べて原稿を書きましたが、その時、社史に関する有用なデータや資料がほとんどないことに気が付き、「自分で調べるしかない」と思ったのが、社史と深く関わる契機でした。
まず、経団連所蔵の約2,500冊の現物にあたって、毎月1テーマのもと、雑誌『情報管理』に「社史をめぐるアレコレ」を20回連載したところ、ダイヤモンド社から、これを書籍化したいという申し入れがありました。本にするのなら、社史を網羅的に調べるべきと、社史の所蔵が最も多い神奈川県立川崎図書館に2年間通って、経団連と川崎図書館の合計1万冊の観察・分析結果を『社史の研究』(2002年)にまとめたところ、「初めての実態分析」と多くのマスコミに取り上げられました。直後から執筆や講演依頼がくるようになり、それに応えるため、社史の本文を本格的に読むようになりましたが、最初に惹かれたのは創業期で、創業者たちの非凡な観察眼や着眼点に唸らされ、そして何より「人々を物心両面で豊かに、便利にしたい」という使命感とチャレンジ精神に圧倒されました。また、今から見れば冗談のような苦労話や失敗からの克服など、驚きの連続で、経済小説顔負けの面白さがありました。旧財閥企業グループの主要な会社なのにグループ名を冠していなかったり、逆に、グループに属していないのに、グループと同じ名称やマークを有していたり...、社名の由来もいろいろ。会社が発足した時とは全く別の思い出深い年を創業年とするなど、トリビアもいっぱいで、読めば読むほど「へええ」という思いでした。会社が人情を持っているかのごとく、困った会社を助けたという感動話もあります。社史は、読めば読むほど面白く、示唆に満ちていて、まさに「経営の教科書」ですが、教科書や小説と違うのは、理論や仮定ではなく、実際にあったことを具体的に書いており、同じ会社・同じ歴史は一つもないことです。さらに、資料編などは、百科事典にも載っていないような情報の宝庫でもあることを発見し、「社史が利用されないのは、内容を探す手段がないからだ。社史の内容を探せるデータベースを作りたい」と強く思いました。
その思いがヒョンなことから渋沢栄一記念財団に伝わり、2004年の秋、「企業の壁を越えた社史のデータベース化」の話が、現・情報資源センター(以下「センター」)で持ち上がりました。これが、現在まで続くセンターの「社史プロジェクト」の始まりです。センターでは、まず、社史、経済史・産業史、営業報告書、データベースの専門家から成る「社史索引データベース構築検討委員会」(委員長・村橋)を作って、「社史を素材にどのようなデータベースができるか」、2004年12月から2009年まで徹底的に議論・検討しました。そして社史に収録されている目次・年表・索引・資料編をデータ項目とし、目次と年表はすべての行を採録することにしました。さらに、具体的なデータベース化について国立情報学研究所(NII)とNPO法人連想出版に協力と制作を依頼しました。
発想から企画・準備、そしてデータ入力...と多くの人のアイディアと汗によって、社史の内容を検索できる、わが国初の社史データベース「渋沢社史データベース」(略称・SSD)が2014年4月23日、渋沢栄一記念財団のウェブサイトで、無料で公開されました。日本の既刊社史すべてを採録対象とするには、あまりに膨大で、一民間機関には無理と、費用とマンパワーを考え、渋沢栄一が関わった会社を中心とした社史に絞り込みました。データベース名に「渋沢」と入っているのは、そんな理由からです。委員会名に「索引」という語が入っていることでもわかるように、このデータベースは社史の全文が見られるものではなく、内容を探すためのもので、検索方法は、会社名、人物、キーワード、年月日など、多角的に設計されています。
社史は会社名で整理・探索することがほとんどですが、合併・分離・単なる社名変更で改称した会社が少なくありません。「いつ、どんな社名であったか」、社名の変遷を把握すべく、センターが2005年末から4年がかりで作ったのが「渋沢栄一関連会社社名変遷図」です。現在は渋沢栄一が関わった社会公共事業の名称変遷も加え、「渋沢栄一関連会社名・団体名変遷図」として、SSDと同様、渋沢栄一記念財団のウェブサイトにて無料公開しています。
SSDでは2025年8月現在、1,636冊分の社史のデータを収録しています。年間利用ユーザー数は351,628、ページビュー数1,631,002、アクセス国数139カ国(2024年度実績)となっており、企業の社史担当者、国内外の学者・研究者、図書館職員など、さまざまな人々に利用されています。渋沢栄一は幅広い業種にわたる約500社の設立・経営に関わったと言われていますが、それらの中には今も存続している会社が少なくありません。今後本誌『青淵』にて、センターの社史プロジェクト担当者と、「社史にみる渋沢栄一」という連載タイトルで、社史に書かれたエピソードと渋沢栄一の関わりについて紹介していきたいと考えています。