情報資源センターだより

54 「実験論語処世談」をインターネットで公開

『青淵』No.818 2017年5月号|情報資源センター長 茂原暢

 情報資源センターでは、2017年3月8日(水)に、『渋沢栄一伝記資料』デジタル化プロジェクトの一環としてデジタル版「実験論語処世談」を公開しました。「実験論語処世談」とは『論語』をテーマとした渋沢栄一の談話筆記で、1915(大正4)年6月から1924(大正13)年11月にかけ雑誌『実業之世界』に連載されたものです。雑誌掲載とほぼ同時期に『竜門雑誌』に転載され、一部は『論語と算盤』(東亜堂書房, 1916. 縮刷名著叢書 ; 第37編)にも収録されました。1922(大正11)年には、それまでの記事をまとめた書籍版『実験論語処世談』(実業之世界社)が栄一の校閲を経て刊行され、関東大震災後の1928(昭和3)年に『処世の大道(しょせいのたいどう)』(実業之世界社)と改題された後も、多くの版を重ねました。

 この連載では、論語章句と読み下し文に続いてその解釈が語られ、多くはその後に栄一の実体験(実験)に基づく処世談が掲載されています。記事には『論語』に関する逸話として、豊臣秀吉、徳川家康、松平定信など歴史上の人物、栄一と同時代を生きた西郷隆盛、大久保利通、徳川慶喜など「人」に関する話題が豊富に盛り込まれており、読み手を飽きさせません。1923年1月9日付『東京朝日新聞』朝刊では、書籍版について「一面子爵 [渋沢栄一] 自身の言行録であると共に、一面明治大正年間に於ける子爵の関係人物に対する道義的批判をも含んでをる」と紹介され、徳富蘇峰は書籍版に接し、「特に渋沢老人の如き、歴史付と云はんよりも、歴史其物の談話は面白い。渋沢翁は懸値なき所が、歴史だ。正札付の歴史だ。」(『国民新聞』1923年8月28日付)といささか興奮気味に書いています。

 今回公開したデジタル版「実験論語処世談」は、「渋沢栄一自身の言葉に触れたい」という皆様からのご要望に応えるため、2014年1月から継続的に作業を進めていたものです。「実験論語処世談」は、「論語に就いては代表的」なものとして、『伝記資料』別巻第6と第7の「新聞・雑誌に掲載せられたる談話」に竜門雑誌版の記事69編が収載されています。そこで、デジタル版『渋沢栄一伝記資料』別巻公開のためのパイロット・プロジェクトと位置付け、『伝記資料』デジタル化プロジェクトで作成したテキストを使用してコンテンツを作成するとともに、別巻公開システムのプロトタイプも構築しました。

 また、『伝記資料』未収録資料のひとつである斯文会編『論語 : 斯文会訓点』(竜門社, 1928)を新たにテキスト化し、論語章句から「実験論語処世談」の本文を参照できるような索引「論語章句一覧」を作成しました。さらに、テキスト伝承の過程を明らかにするため、国立国会図書館などで初出誌『実業之世界』の調査を行い、初出から『竜門雑誌』を経て『伝記資料』へ至る書誌的来歴を本文末尾の出典情報欄に掲載しました。この調査では、『実業之世界』から『竜門雑誌』へ転載されなかった記事が特定され、竜門雑誌版には「実験論語処世談」ではない記事が1回紛れ込んでいたこともわかりました。その他にも、これまでに刊行された版(エディション)の特徴や違いをまとめ、「実験論語処世談」全体の系譜をたどることのできるサブテキストも用意するなど、「実験論語処世談」を多角的にご利用いただけるような環境を整えています。2017年度は、『竜門雑誌』に転載されず『伝記資料』未収録となった記事を追加公開し、「実験論語処世談」の全貌を明らかにする予定です。ぜひご活用ください。

 さて、このように進めている『伝記資料』デジタル化プロジェクトに対して、情報資源センターは「第19回 図書館サポートフォーラム賞」をいただきました。これは図書館サポートフォーラムによって設立された賞で、「ユニークで社会的に意義のある各種図書館活動」を表彰するためのものです。この度は、デジタル版『伝記資料』が「日本近代史、経済史研究に資することは言うまでもないが、本資料の公開に当たって仕込まれた、データ構成、検索システム、ユーザー・インストラクションなどの多面的で周到かつ、合理・合目的な設計は、数多あるデジタルアーカイブの中でも秀逸さにおいて際立っている。以後の史資料の公開に際して、モデルとなる事例を構築」したとしてご評価いただき、受賞に至りました。デジタル版『伝記資料』の公開は、10年以上にわたり信念を持ってこの事業に取り組んできたスタッフの汗と涙の結晶であり、長年にわたって多くの方々からいただいたご支援の賜です。この場をかりて心より御礼申し上げます。

 「人は孔夫子のみならず、確乎動かすべからざる信念さへあれば、皆斯の意気を持つて世に臨み得らるるものだ。」とはデジタル版「実験論語処世談」に記されている栄一の言葉です。情報資源センターは、「栄一の事績と思想を現代に生かすためのリソースを作り公開することが公益に資する道である」という信念の基に、これからも活動を続けてまいります。今後とも、ご支援ご協力の程をお願い申し上げます。

デジタル版「実験論語処世談」
https://eiichi.shibusawa.or.jp/features/jikkenrongo/


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