情報資源センターだより

53 デジタル版『渋沢栄一伝記資料』のこれから

『青淵』No.815 2017年2月号|情報資源センター長 茂原暢

 今、私の手元に人造肥料聯合会『渋沢男爵演説速記:大正二年七月二日帝国ホテルニ於ケル定期総会席上ニテ』という小冊子があります。資料には12ページにわたって文字起しされた渋沢栄一の演説が掲載されるとともに、表紙の裏には正誤表が貼り付けられています。栄一は食料増産のため人造肥料(化学肥料)を製造する会社の設立・経営に尽力しましたが、当時の人がいかに栄一の言葉を正しく記録しようとしていたかが分かります。

 この『演説速記』が『渋沢栄一伝記資料』のどこに掲載されているかを調べるために、昨年11月に公開したデジタル版『渋沢栄一伝記資料』で「人造肥料聯合会」を検索してみました。すると1ページ(デジタル版『伝記資料』におけるウェブページの数、冊子体のページ数とは異なる。以下同)ヒットし、そこには「人造肥料聯合会」というのは1907(明治40)年に組織された団体で、「当時の全製造業者たる共益人造肥料・多木製肥・日本製銅硫酸肥料・大阪硫曹・大阪アルカリ・摂津製油・硫酸肥料・日本人造肥料・関東酸曹及当社の十社」が参加。肥料取締法改正のほか、「生産の制限、販売の協定、輸移出の奨励、原料の共同購入等を目的」と書かれていました(DK530024k-0002:第53巻 p.132)。しかし、このページに『演説速記』は掲載されていません。もしかして、この資料は『伝記資料』の本編には収録されていないのでしょうか?

 栄一の演説は「御目に懸かつた方も多いやうでございますけれども、まだ初会見の諸君もあらせられると思ひます」という口上で始まり、聯合会の沿革だけではなく、肥料の歴史を、生まれ故郷で藍の製造を行っていた頃を起点にして振り返っています。途中、土に合わない肥料を撒いて失敗したことや紡績業の発展に尽くしたことなどにも言及した後、アリストテレスの言葉「総ての商業は罪悪なり」を引用しつつ「競争をしつゝ仁義道徳を行ふことが出来る」と結論づけています。ちなみに、栄一は英語由来の「アリストートル」という言い方をしており、デジタル版『伝記資料』で「アリストートル」を検索すると8ページヒットします。一方、「アリストテレス」で検索すると「アリストテレス を含むページは見つかりませんでした。」という結果が返ってきます。このように、同じ言葉に対して複数の表記がある場合には、それぞれによって異なる結果が返ってくるので、検索する際には注意が必要です。

 さて、冒頭で「人造肥料聯合会」を検索したら1ページヒットしたと書きましたが、「聯」は常用漢字に含まれず、現代においては「連」に置き換えられることがあります。情報資源センターが公開している「渋沢社史データベース」では「人造肥料聯合会」の検索結果は「0件」ですが、「人造肥料連合会」で検索すると「3件」ヒットします。もしかしたら、デジタル版『伝記資料』でも「連」に置き換えると、違った結果が返ってくるかもしれません。そこで「人造肥料連合会」で検索してみると......残念!「人造肥料連合会 を含むページは見つかりませんでした。」という結果が返ってきました。

 そこで視点を変え、会合が開かれたとされる「大正二年七月二日」という日付からアプローチしてみました。渋沢財団のウェブサイトでは『伝記資料』の綱文を日付順に並べ直した「渋沢栄一詳細年譜」を公開しています。大正2(1913)年7月の項目を見ると、1日の次は3日となっており、2日は飛ばされています。では、デジタル版としてまだ公開されていない別巻の「講演総目録」(『伝記資料』に収録された栄一の講演を日付順に並べた索引)はどうでしょうか。大正2年を見てみると、6月28日「東京銀行倶楽部会員晩餐会第百回祝賀会」の次は9月24日「東洋生命保険株式会社契約高増加祝賀会」で、7月については記述がありません。念のため、財団内でのみ利用可能な検索システムで別巻10巻分の本文テキストを調べても、この資料が収録されているような結果は得られませんでした。

 前回の「情報資源センターだより」(『青淵』2016年11月号掲載)には「『伝記資料』は万能ではありません。[中略] 特定の時期に編纂された成果物です。編纂後に発見された未収録の栄一資料もあります」と書かれています。これまでは、68巻、約48,000ページもある書籍の中に掲載されていないことを証明するのは極めて難しいことでした。しかし、今やデジタル版『伝記資料』によって、人造肥料聯合会『渋沢男爵演説速記』は未収録資料のひとつであることが明らかになりました。今後、デジタル版『伝記資料』が渋沢研究にとって必要不可欠なリソースとなるためには、このような未収録資料の発掘と公開も課題となるでしょう。

 情報資源センターでは2004年度より『伝記資料』のデジタル化事業を進めてまいりましたが、昨2016年11月11日の公開を「新たな始まり」であると捉えています。次の目標は、リクエストの多い別巻や索引巻(第58巻)を公開し、非公開部分をなくすための著作権処理を行うことで、全巻全文公開を達成することです。また、インターネットを通じて研究成果を公開する「機関リポジトリ」を開設し、デジタル版『伝記資料』の利用を前提とした研究活動のエコシステムを確立することも重要な使命だと感じています。デジタル版『伝記資料』に関するご要望、ご感想は情報資源センターまでお寄せ下さい。引き続き、皆様からのご支援をお願い申し上げます。


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