情報資源センターだより

10 『渋沢栄一伝記資料』の全文データベース化 新規に着手

『青淵』No.686 2006年5月号掲載|実業史研究情報センター長 小出いずみ

 渋沢栄一記念財団の一番若い部署、実業史研究情報センターは、発足から2年余りが経ちました。仕事を担うスタッフが徐々に増え、活動が軌道に乗りつつあります。主たる事業は、渋沢栄一及びその背景となった実業史に関する様々な資料を、皆様に使っていただけるようにデータベースとして開発し、情報資源化することです。ITが発達した今日、データベースは機械に任せて作る、と思われがちですが、実は手仕事の部分が非常に大きく、正確さが要求される根気の要る仕事です。

 実業史研究情報センターのデータベース開発事業は現在、社史プロジェクト、実業史錦絵プロジェクト、渋沢情報、と、大きく三つの領域に分かれています。ここでは3番目の領域のうち、今年度新たに始まる『渋沢栄一伝記資料』の全文データベース化の事業についてご紹介します。

 『渋沢栄一伝記資料』は渋沢栄一に関する基本的な資料集です。第1巻は昭和19(1944)年岩波書店刊でしたが、戦後昭和30(1955)年に渋沢栄一伝記資料刊行会から再刊され、以後同会から刊行、昭和40(1965)年に本編全58巻の刊行が終了し、続いて別巻が渋沢青淵記念財団竜門社から刊行され昭和46(1971)年に全10巻が完了しました。収録資料の収集は昭和7(1932)年に始まったとのことなので、完成するまでに実に40年近い歳月を要した大事業でした。土屋喬雄編纂主任のもと、渋沢青淵記念財団竜門社(岩波版は竜門社)編となっています。

 この資料集は、渋沢栄一の事績・人格・思想を観察し、叙述し、論評する伝記が数多く書かれても、それらが必ずしも正確さや詳細さにおいて十分でない、との認識から、伝記を書くための資料を蒐集、編纂したものです。「伝記の編纂と資料の収集とを截然区別し、伝記編纂を側近者に於いてなすことは適当にあらざる為めこれを止め、専ら資料の蒐集に努力する」1)という渋沢敬三の主張にもとづいた方針だったそうです。その結果、単に過去を語る資料に過ぎないものではなく、「本集成は『伝記資料』とは云へ、その包容するところのものは、必ずしも一個人として伝記に関する資料に止まらず、実に幕末以来、明治、大正、昭和の三聖代に亙る経済方面の史実を始め、政治、外交、社会、教育、宗教、文化、学芸、等等に関する諸般の状勢を知悉せしむる上に資するところ、恐らく多大なるものあるべきを信じて疑はない・・・」2)と記されるようなものになりました。このように書くことができるのは、第一義的には渋沢栄一の活動が日本の近代に大きな影響を及ぼしたことによりますが、その上ここに収録されている「資料は、・・・活動及び関係事業の広汎・多岐にわたるに鑑み、明治6年以後に就ては、各方面の重要文献について総当り的に渉猟し・・・」3)て収められたものであるからです。つまりたとえ渋沢栄一個人に関心がなくとも、日本が近代化、産業化で大きく変わっていく時期についての研究材料が豊富に潜在している、ということがいえます。

 この資料集は栄一の活動を主題別に分類し、関連資料を年代順に収録するという基本構成になっていて、第58巻には事業別年譜、総目次、50音順款項目索引が用意され、それぞれで本文の該当箇所が示されて内容の検索に便宜が図られています。ただ、書架に並べると全部で2メートル70センチの場所を占め、全体で約48,000ページ以上にもなるこの資料集を使いこなすのは、そう容易いことではありません。『伝記資料』の内容が自由に検索できるようになることは、研究者にとっても財団にとっても大きな夢でしたから、センターでは何とかしてデジタル化できないか模索していました。縦書2段組、割書きも多く、旧字も混じり、リスト形式で余白が多い箇所もあるという特徴から、本文をスキャナーで読み込んでも使用に耐える判読率には達しないので困っていたところ、手入力でデジタル化し、精度99.9%を確保する、という提案がありました。準備段階として試験を行い、本当に必要な精度が確保できるか検証に入っています。

 入力の精度で99.9%が確保できても、検索の精度を向上させるためには、旧仮名遣いや旧字と新字など使用文字の問題があります。また、渋沢栄一と青淵は同一人物であると認識させる名寄せなど、何らかの辞書機能が必要です。従って、今年度着手はいたしますが、完成には3年程度はかかる見込みです。

 さてそれまでの間、皆様にはホームページで『伝記資料』第1巻から第57巻までの目次を提供いたします。目次には、章・節・款・番号に分かれた項目のもとに、年(月、日)と綱文が記され、それだけでも出来事の概要がわかります。ページの検索窓を利用して簡単な検索もできるようになります。すでに最初の3巻は掲載済みで、準備が出来次第続きも掲載していきますので、どうぞご利用ください。
アドレスはhttp://www.shibusawa.or.jp/eiichi/biography.htmlです。

1)第1巻(刊行会版) p 6-7、明石照男による序文、昭和18(1943)年10月12日付。
2)第1巻(刊行会版) p 9-10、同上。
3)第1巻(刊行会版) p 14、土屋喬雄による凡例、昭和30(1955)年2月付。

(実業史研究情報センター長 小出いずみ)


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