研究センターだより

36 第6回ヘボン=渋沢記念講座シンポジウム/渋沢敬三没後50年 企画展シンポジウム

『青淵』No.777 2013(平成25)年12月号

最近の研究部の活動から、2つの公開シンポジウムを紹介します。

1. 第6回ヘボン=渋沢記念講座シンポジウム

2013年は、東京帝国大学法学部で、ヘボン講座が正式に開設されてから、ちょうど90年になります。毎夏恒例の同記念講座公開シンポジウムは、「『アメリカの衰退』と『中国の台頭』?」というホットなテーマを選び、7月26日に開催しました。その結果200名を超える聴衆が集まり、会場は熱気に包まれました。

まず、今年度ヘボン=渋沢記念講座(集中講義)の講師で、アメリカ外交を専門とするロバート・リーバー教授(ジョージタウン大学)は、近年多くの研究者がアメリカ衰退論を唱えるのに対して、「なぜアメリカは衰退しないのか?」という挑戦的なテーマを掲げました。リーバー教授によれば、アメリカは軍事、経済、技術の面でまだまだ世界一であるし、大学や研究機関には世界中から優秀な人材が集まってくる。従って、アメリカが衰退するかどうかは運命論からではなく、それは良い政策を選択できるかどうかにかかっている。その点、自分はアメリカの将来を楽観視していると述べられました。

次に、中国研究者の高原明生教授(東京大学)は「中国の台頭は続くのか?」というテーマで、中国の将来についてやや悲観的な見通しを語りました。グローバル経済の中で、13億人の巨大市場と共産党一党支配による意思決定の速さは圧倒的な存在感を見せているが、将来を展望すると、一人っ子政策による急速な人口減少と高齢社会の到来、環境破壊、国内のエスニックグループとの共存など深刻な問題を抱えている。これらの問題を解決するためには、今まで急成長を遂げた「中国モデル」を変えなければならないが、成功したモデルを平和裏に変えていくことは難しい。例えば、官民癒着や汚職腐敗を一掃するために、孔子を持ち出し、『論語』の教えを説き始めたが、反対派も根強くなかなか浸透しない。従ってこのまま中国が台頭し続けるとは考えにくいという見方でした。

3番目に、国際経済学者の飯田敬輔教授(東京大学)は「米中の影響力と今後の見通し」について「覇権論」の立場から意見を述べられました。中国は、グローバル経済に占める貿易額や海外投資金額を見れば、将来覇権国になる条件を持っているが、国際通貨としてのドルの役割を、中国元が果たすことは難しいし、アメリカの人口は増え続けるのに対して、2030年を境にして中国の人口が急激に減少することを考えれば、必ずしも米国がこのまま衰退し、中国が米国に代わり覇権国になるとは言えないとのことでした。最後に司会の久保文明教授(東京大学)は、アメリカも中国も従来の覇権国と言われたソ連などとはかなり違った性格の国であり、今後も両国の行動がグローバル社会に与える影響は、さまざまな知的関心を引くであろうと締めくくりました。

2. 渋沢敬三没後50年 企画展シンポジウム

2013年が没後50年にあたる渋沢敬三(1896〜1963)について、企画展やシンポジウムが国立民族学博物館、国文学研究資料館、神奈川大学常民文化研究所、東京大学、法政大学などで開催されてきました。研究部では、渋沢栄一と敬三の関係を再考するため、9月22日(日)午後、講座 祭魚洞入門の一環として、シンポジウム「比較研究・実業の継承者たち?渋沢敬三・岩崎小彌太・藤山愛一郎」(於・渋沢史料館会議室)を開催しました。

古今東西を問わず、偉大な創業者や先代の築いた実業を引き継ぎ、さらに発展させることができるかどうかは、継承者の双肩にかかっています。渋沢敬三は、近代日本の経済社会を築いた渋沢栄一の多方面にわたる実業の継承者として、この難題に取り組みました。それでは敬三はなぜ栄一の継承者に選ばれ、どのようにして育成されたのでしょうか。また、どのようにして栄一の実業を継承したのでしょうか。

巨大な三菱財閥の四代目総帥の岩崎小彌太(1879〜1945)は、敬三よりひとまわり以上年長者ですが、敬三とは縁戚関係にあり、三菱財閥解体に最後まで抵抗しました。そのときに大蔵大臣であった敬三が小彌太を説得しています。また大日本製糖社長として藤山コンツェルンを引き継いだ藤山愛一郎(1897〜1985)は敬三とほぼ同年代で、愛一郎の父藤山雷太は、栄一に依頼され、大日本製糖の再建を成し遂げたという関係があります。これら二人の後継者との比較を通じて、敬三の継承者としての特徴を明らかにしようと試みました。

敬三は、第一銀行副頭取、日本銀行総裁、大蔵大臣に就任し、財政金融家として位人臣を極めましたが、岩崎や藤山とは違い、実業ではなく、自らの生命とした学問で、実業の継承を行いました。つまり敬三は、『渋沢栄一伝記資料』と錦絵、写真など膨大な実業史資料を蒐集、編纂し、栄一の思想と活動のすべての記録を、後世の我々に継承しました。学者として面目躍如たる感がします。同シンポジウムは50名を超える方々が参加されました。今までとは少し違った側面から渋沢敬三の人生や業績に焦点を当てられたのではないかと思います。

(研究部・木村昌人)


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