情報資源センターだより

32 日本のビジネス・アーカイブズ事情を海外へ発信する ― パナソニック社の事例をアメリカで紹介

『青淵』No.752 2011年11月号|実業史研究情報センター 企業史料プロジェクト担当 松崎裕子

 北米を中心とするアーキビストの専門職団体、アメリカ・アーキビスト協会(SAA、会員数約5500名)の年次大会が、2011年8月22日から27日までの日程で、SAA本部のあるシカゴ市内で開催されました。センターからは松崎が参加し、8月25日開催のSAAビジネス・アーカイブズ部会(BAS)コロキアム(研究会)において、「日本における最近のビジネス・アーカイブズ事情」を報告しました。報告の中で、日本の企業アーカイブズのベストプラクティスの事例として、パナソニック社の事例を取り上げました。同社のアーカイブズ業務は、2011年5月に財団が主催した国際シンポジウム「ビジネス・アーカイブズの価値」1)が提起した「ビジネス・アーカイブズの(社史編纂を超えた)多様な価値の実現」「アーキビストの積極的な提案活動」「社内の歴史物語の活用」「企業の社会貢献」「経営に役立つアーカイブズ」などのコンセプトを具体化して実行に移している優れたケースといえます。

パナソニック社のアーカイブズ業務(社史室と松下幸之助歴史館)

 パナソニック社のアーカイブズに関連する部署は同社内に2つあります。1968年の創業50周年を記念して開設された松下幸之助歴史館と、1976年に2年後の創業60周年記念準備のために設置された本社内社史室です。
 歴史館はそのミッションを「創業者の思想・経営理念、社史の発信でPanasonicブランドの価値向上に貢献する」と定め、(1)創業者の生涯を展示しパナソニックの発展の歩みを紹介、(2)創業者の経営理念や志を紹介、(3)パナソニックを支えてきた一号商品および歴史的商品、を展示の3本柱としています。一方、社史室は(1)創業者事業観の探求と、創業者精神の社内外への周知、(2)社史に関するあらゆる資料の保存管理の徹底、(3)社史の編纂、を業務の3本柱に定めています。
 同社は2001年度に大きく業績が悪化しました。それ以降、社史室と歴史館は経営陣・社内各所とのコミュニケーションを積極的に図り、アーカイブズへの信頼と支援を獲得しつつ、社史室所蔵の創業者・社史関連資料を用いて、その時々の経営課題にぴったりと重なるコンテンツを練り上げ、それを歴史館、ウェブや移動展などの様々な方法によって社内外に強力に情報発信するように、業務の内容を革新してきました。

経営に直結する社史室・歴史館へ-いくつかの事例

 FF(強制排気)式石油暖房機事故からの信頼回復が経営課題であった2006年度の特別展では、テーマを「松下幸之助『ものをつくる前に人をつくる』-経営の根幹は人にあり」に設定しています。同展のコンテンツは「社会から信頼される会社」「社会から信頼される社員」を創業者松下幸之助の経営理念に関する資料の中に探り、1950年代後半の炊飯器品質不良問題をどのように克服したか、といった内容を資料に基づいて提示するものでした。
 2008年秋のリーマンショック後の特別展では、テーマを「苦境を超えて生成発展-『かつてない難局はかつてない発展の基礎となる』」と設定しました。1929年〜30年の昭和恐慌時の社の対応や1970年〜71年の商品ボイコット運動をどうやって社が克服してきたのか、というコンテンツを作り上げています。
 今年の4月20日から7月15日まで開催された特別展「松下幸之助のグローバル観」には、パナソニックが完全子会社化した三洋電機所属の社員約2000名が訪れています。この特別展を見学した元三洋電機社員、現在はパナソニックの一員となった社員は歴史館の展示を見て、次のような感想を残しています。「生きる勇気がわいてきた。これからもがんばりたい。また歴史館を訪問したいと思います」。
 これらのコンテンツづくりが可能になったのは、第一に優れた経営理念を自ら率先して記録として残してきた松下幸之助という創業者の存在、第二には、創業者と会社の記録を、必要なときにすぐに利用できるように整理・保存作業を地道に行ってきた社史室の存在、そして第三には、時々の経営課題に合わせたコンテンツを作成するというアーキビストの積極的な仕事への取り組みがあります。社史室の方からは、日ごろから社内各所、とりわけ経営陣とのコミュニケーションを積極的に図り、会社が目指す方向をアーキビスト自身が理解し、情報発信のアイデアに活かすことが必要であるというお話をうかがいました。

 SAA/BASコロキアムの報告では、創業者の音声記録を用いた同社グローバルサイトのビデオクリップ「商いの心―商売の意義(The meaning of business)」も紹介し、アーカイブズ記録が同社のCSR(企業の社会的責任)への取り組みを広報するのに活用されていることも示しました。パナソニック社の事例は大きな注目を集め、北米のアーキビストに強い印象を残しました。
 実業史研究情報センターでは、これからもビジネス・アーカイブズに関する国内外の情報のハブ(中枢)となるような活動を続けていく予定です。

実業史研究情報センター 企業史料プロジェクト担当 松崎裕子

1) 「センターだより」2011年2月号及び8月号参照


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