情報資源センターだより

31 「ビジネス・アーカイブズの価値:企業史料活用の新たな潮流」開催される

『青淵』No.749 2011年8月号|実業史研究情報センター長 小出いずみ

 実業史研究情報センターは国際文書館評議会(ICA)に加盟し、企業労働アーカイブズ部会(SBL)に松崎裕子を運営委員として送っています。センターは運営委員会の東京開催を招致し、去る5月10日に渋沢史料館を会場として運営委員会が開催されました。

 そして翌5月11日、本誌2月号でお知らせしたように、海外の著名なビジネス・アーキビストが来日するこの機会をとらえ、日本を代表する企業アーキビストの参加も得て、標記の国際シンポジウムを開催しました。シンポジウムはICA/SBLならびに企業史料協議会と共催し、日本経団連、東京商工会議所をはじめ多くの団体のご後援をいただきました。

 東日本大震災の影響で委員の来日予定が大幅に変更になり、最終プログラムが確定したのは開催5日前でした。それでも当日は当財団の小松諄悦常務理事、歌田勝弘企業史料協議会会長、ディディエ・ボンデュSBL部会長のあいさつに始まり、下のような充実したプログラムを実施することができました。

<プログラム>
第1セッション: 歴史マーケティングの力 1
  「より広い見方:今日のコミュニケーションを歴史的事実で支える」
    ヘニング・モーゲン(A.P.モラー・マースク社、デンマーク)
  「会社の記憶:経営のツール、サンゴバン社の例」
    ディディエ・ボンデュ(サンゴバン社、フランス)
第2セッション: 歴史マーケティングの力 2
  「日本の伝統産業とアーカイブズ:虎屋を中心に」
    青木直己(株式会社虎屋 虎屋文庫、日本)
  「アンサルド財団:アーカイブズ、トレーニング、そして文化」
    クラウディア・オーランド(アンサルド財団、イタリア)(代読:松崎裕子)
第3セッション: 企業史料とナショナル・ストラテジー
  「資産概念の導入と中国における企業記録管理へのその効果」
    王嵐(中華人民共和国国家档案局、中国)
  「ビジネス・アーカイブズのためのナショナル・ストラテジー:イングランドとウェールズ」
    アレックス・リッチー(英国国立公文書館、イギリス)
第4セッション: アーカイブズを武器に変化に立ち向かう
  「誇り:買収・統合後における歴史物語の重要性」
    ベッキー・ハグランド・タウジー(クラフト・フーズ社、アメリカ)
  「企業という設定のなかで歴史を形づくる:ゴドレージ社のシナリオ」
    ヴルンダ・パターレ(ゴドレージ社、インド)
  「合併の波の後で:変化への対応とインテサ・サンパウロ グループ・アーカイブズの設立」
    フランチェスカ・ピノ(インテサ・サンパウロ銀行、イタリア)
     (代読:タウジー)
第5セッション: パネルディスカッション
          司会: 松崎裕子(渋沢栄一記念財団、ICA / SBL)

クラフト社のタウジーさん とくに筆者の印象に残ったのは、クラフト・フーズ社のタウジーさんの発表でした。クラフト社が敵対的買収の結果合併することになったキャドバリー社は、歴史あるイギリスの会社で、そのブランドを誇りとし、多くの従業員を抱えていました。キャドバリー社はアーカイブズに多くの資料を保持していたため、クラフト社のアーキビストはあらゆる資料を用いてキャドバリー社と製品の歴史を注意深く掘り起しました。タウジーさんたちは合併に際し、両社の従業員が自分たちの歴史を誇りに感じながら共に働いていくことを目指すために、社内に向けて何ができるか考えました。その結果、両社の創始者と彼らの良質な製品を作るという理想が一つの流れになっていく過程を図に表し、クラフト社とキャドバリー社の社員なら世界中どこからでも見られるイントラネット上の「一緒になる」という新たなサイトに掲載しました。従業員の不信感を取り除き、力を合わせていくという、会社の今これからの課題にアーキビストが貢献している、という話でした。

 日本の老舗企業、虎屋の青木さんの発表には、内外から関心が集まりました。歴史上の人物の注文記録が残っていることなどを紹介しながら、記録資料が自社の歴史だけでなく、日本の食文化の歴史も証言していること、記録に残された菓子を参考に特別な用途の製品を生産していることなど、製造・宣伝・販売などの各部署に対しても必要とする情報を提供し、経営資源としても歴史資料を活用している、という事例でした。身近な日本の企業だけに、どのようにアーカイブズが運営されているか、という具体的な質問が集中しました。

 参加を取りやめた海外の委員のために、急きょシンポジウムの様子をウェブで放送することになりました。財団としては初めての取り組みなので、実験的なものとなりましたが、国内はもちろん、時差のあるヨーロッパでも視聴されました。

 このシンポジウムの記録は、『世界のビジネス・アーカイブズ』として来春、出版する予定です。今回の発表に加え、参加がかなわなかった委員の論文やこれまでにSBLの会合や専門誌で発表された論文数点も含めたもので、世界のビジネス・アーカイブズの活動を紹介する、初めての日本語文献になります。

(実業史研究情報センター長 小出いずみ)


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