情報資源センターだより

29 ICASBL国際シンポジウム「ビジネス・アーカイブズの価値」開催に向けて

『青淵』No.743 2011年2月号|実業史研究情報センター 企業史料プロジェクト担当 松崎裕子

 当財団は国際文書館評議会(ICA)企業労働アーカイブズ部会(SBL)の運営委員会を今年2011年5月に東京に招致します。この機会をとらえて、運営委員会参加のために来日する海外の著名なビジネス・アーキビストと日本を代表する企業アーキビストを報告者として、国際シンポジウム「ビジネス・アーカイブズの価値」を開催します。財団ではICASBLならびに企業史料協議会と協力しつつ、その準備を進めているところです。今年は、日本における企業資料の保存と活用に関する草分け的団体である企業史料協議会が設立されてから、ちょうど30年にあたります。そこでこのシンポジウムは、企業史料協議会の創立30周年記念事業の一環としても位置付けられています。
 運営委員会は5月10日(火)に東京都北区の当財団において、国際シンポジウムは翌11日(水)に同港区六本木の国際文化会館講堂において開催されます。

シンポジウムの趣旨

 記録とアーカイブズは企業経営、CSR活動に貢献する知的経営資源であり、情報資源です。ICASBLの最近の会合では、企業経営のさまざまな分野、すなわちコンプライアンス、透明性確保、説明責任の遂行、リスク管理、マーケティング、ブランディング、広報・宣伝、製品開発、社員教育、社史編纂などにおいて、企業アーカイブズの記録を活用している事例の報告が相次いでいます(図参照)。これらの記録資料は、企業内で価値を発揮する外に、企業と社会のかかわりを示すものとして地域の歴史や地域おこしにも重要な資料なのです。経営史をはじめとする学術資料、研究資料としても必須であることは言うまでもありません。本シンポジウムはビジネス・アーカイブズの持つ多様な価値を明らかにするとともに、企業の記録資料の管理活用に関わる国際的な最新動向を紹介することを目的としています。

ビジネス・アーカイブズ「3つのキーワード」

 最近の先進的な企業アーカイブズ実務には次の3つの考え方が取り入れられています。

(1) 歴史マーケティング

 顧客に支持されてきた、企業・商品・サービス・ブランドの歴史は、それ自体が他の企業・商品・サービス・ブランドから自らを差別化するツールとなります。記録や歴史資料に含まれる情報によってその事実性が支えられるのです。過去の歴史を新しい事業開発に活用すること、それが「歴史マーケティング」と呼ばれる考え方です。

(2) ストーリーを語る

 企業には創業から現在にいたる歴史があります。「会社の成長がどのように社会に貢献してきたのか?」働く人々はこの問いへの答え、つまり自分たちの働く意味を求めています。企業アーカイブズに含まれる歴史が現在の自分たちとどのように関わりがあるのか「ストーリー」として明確に語られる時、人々の感情に働きかけ、働く意欲を引き出す力となるのです。

(3) アーキビストによるプロアクティブ(積極的)な提案・提言

 アーキビストの「プロアクティブ(積極的)」な働きが歴史マーケティングを可能にします。過去の記録・資料に含まれる情報を新たな商品・サービス・ブランドの開発に役立てたり、業務や社員教育の改善を積極的に提案したりすることが、企業アーキビストの役割として注目を集めています。次にあげる例はこれらの3つの考え方の実践例と言えます。

▼アーカイブズを活用した企業の社会的責任(CSR)への貢献事例
 冷戦が終結し、東西ドイツが統一して以来、ナチス・ドイツ時代の企業に関する記録資料へのアクセスを求める声が高まってきました。2000年代に入り、ドイツの化学メーカー・エボニク社は、前身会社デグッサ社のナチスへの協力を記録した企業資料の公開に踏み切りました。このエボニク社の姿勢は、透明性や説明責任の遂行といった観点から、ヨーロッパでは現在社会的に肯定的な評価を受けているということです。
(参照 : 『ビジネス・アーカイブズ通信』No.31 エボニク社(ドイツ):アンドレア・ホーメイヤー「会社史:化学産業にとっての付加価値」、編集後記)

▼アーカイブズを活用した企業アイデンティティの明確化と経営への貢献事例
 米国の食品会社ペパーリッジ・ファーム社は、クラッカー市場で長らく2番手の位置に甘んじていました。ある時、同社マーケティング・チームはアーキビストの助けを得て、会社の原点を自社アーカイブズの中の創業者のマーガレット・ラドキンの物語に見出しました。ラドキンが製パン・製菓事業を立ち上げたきっかけは、アレルギーを持つ自分の子どものために無漂白小麦によるパンのレシピを考案することにあったのでした。この物語の発見は、硬化油脂を除去した製品「ゴールド・フィッシュ」の開発とともに、「私たちは子どもたちを健やかに育てるブランドである」という企業のアイデンティティの確立を促すことにつながりました。
(参照 : 『ビジネス・アーカイブズ通信』No.32 アメリカ・アーキビスト協会ビジネス・アーカイブズ部会基調講演「成果はルーツの中にある」)

 このように、ビジネス・アーカイブズは企業の経営に役立つ経営資源としての価値をもちます。そして、適切に管理・保存されて後世に残された企業の記録は、社会的にも極めて重要な価値をもつ知的情報資源としての価値を帯びるのです。今年5月のシンポジウムではさらに多彩な実践例が報告される予定です。ご期待ください。

【図】 ビジネス・アーカイブズの価値
図:ビジネス・アーカイブズの価値

(実業史研究情報センター 企業史料プロジェクト担当 松崎裕子)


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