情報資源センターだより

35 北米で社史を語る

『青淵』No.761 2012年8月号|実業史研究情報センター 専門司書 門倉百合子

アジア学会トロント大会で「社史に見る関東大震災」を発表

 アジア学会(Association for Asian Studies = AAS)とは1941年に設立されたアジア学研究者とライブラリアンの学会で、毎年3月に北米の都市で年次大会を開催しています。今年はカナダ東部トロントの会場に、世界各地から3000人以上の参加者が集まりました。400近いパネルと関連の各種会合があり、展示会場には各国から100以上のブースが並びにぎわっていました。3月18日には「社史グループ」のパネルが開催され、私も参加して発表を行いました1)
 「社史グループ」とは「Japanese Company Histories (Shashi) Interest Group」の略称で、北米の日本研究ライブラリアンのなかで研究資料としての社史の重要性を認める司書たちの集まりです2)。2005年からアジア学会でパネルを開催しており、今年のテーマは"Researching Early Modern and Modern History of Japan with Shashi"でした。全部で3つの発表があり、トランシルヴァニア大学のC. Andrews助教授は日本通運の社史を例に、明治初期の交通通信についての考察をお話しくださいました。またピッツバーグ大学のM. Chaiklin助教授は明治時代の製靴業の発達について、大塚製靴(株)などの社史を題材に発表されました。私は"The Great Kanto Earthquake as Seen in Shashi"(社史に見る関東大震災)と題して、1923年の関東大震災に関する様々な社史の記述を紹介しました。

社史パネルの様子
社史パネルの様子。左からWittner教授、Andrews助教授、筆者、Chaiklin助教授

 昨年3月に東日本大震災が発生したのを受け、センターの社史プロジェクトを担当していた私は、多くの会社が関東大震災のときにどのような対応をしたのか、所蔵している各社の社史をすぐに見てみました。すると震災で甚大な被害を受けた会社の多くが、挫折することなく直ちに復旧へ向けた活動を始めていることがわかりました。また自分の会社の復旧だけではなく、被災した東京近郊の多くの人々に手を差し伸べ、義援金を寄付し、自社製品を提供するなど復興へ向けた様々な協力活動をしていたことを知りました。さらに震災を機に新たな製品を開発し、新しい市場を開拓していたこともわかってきました。そこで発表の中にこれらの事項をとりいれるとともに、災害復興における民間セクターの働きの重要性を強調いたしました。それはまさに渋沢栄一の目指した方向性でもあります。
 幸いディスカッサントのウティカ大学D.G. Wittner教授からは有益なコメントをいただくことができ、聴衆の中の特に若い世代の方たちからも興味深かったという反応をいただけたのは、大いに励みになりました。なお発表内容は10月にピッツバーグ大学図書館から創刊される電子ジャーナルに掲載予定です3)

ピッツバーグ大学図書館の社史コレクション見学

 社史グループのメンバーが関係している北米の主な社史コレクションには、オハイオ州立大学(5000冊)、ハワイ大学マノア校(3000冊)、ピッツバーグ大学(3000冊)、シカゴ大学(2000冊)、カリフォルニア大学バークレー校(1000冊)などがあります。これらのコレクションの総合目録として、社史グループでは2006年からオハイオ州立大学図書館ウェブサイト内に「社史ウィキ」4)を開設し運用しています。また毎年のアジア学会で勉強会やパネルを開催し、社史を扱うスキルを相互に磨いています5)。現在グループの座長を務めるピッツバーグ大学図書館のグッド長橋広行さんに、同大学の社史コレクションをご案内いただくことができました。

Hillman Library
Hillman Library

保存書庫の書架
保存書庫の書架

 米国ペンシルベニア州ピッツバーグ市にあるピッツバーグ大学は、1787年創設の総合大学です。20ある大学図書館に合計約600万冊の蔵書があり、今回訪問したHillman Libraryにはそのうち約150万冊が所蔵されています6)。5階建ての建物の2階が東アジア図書館で、中国・韓国の資料と並んで社史を含む日本語資料が言語別に配架されていました。日本語資料は1965年から収集が始まり、2004年には旧三井銀行金融経済研究所の蔵書約6万4000冊が加わりました。この入手に当たってはライブラリアンの尽力が大きかったと聞いています。その中に社史が2700冊ほど含まれていて、毎年少しずつ整理を進めておられるそうです。この三井コレクションを保管している郊外の倉庫も拝見しました。未整理の分は受け取った箱の順に書架に置かれ、整理済の書籍は高さ10メートルくらいある空調完備の保存書庫に収められていました。整理のための予算を確保するのと、日本語のわかる学生アルバイトを確保するのがなかなか大変とのお話でした。このように多くの方々のおかげで日本の社史が海外で利用に供されている実態を見ることができ、大いに参考になりました。

(実業史研究情報センター 専門司書 門倉百合子)

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1) http://www.asian-studies.org/absts/2012abst/abstract.asp?Session_ID=1237&year=2012&PanelArea_ID=2&area=Japan&Meeting_ID=21
http://www.asian-studies.org/2012-Conference/Program/Sunday,%20March%2018.pdf (2014年8月30日リンク修正)

2) 「社史ウィキ」「社史グループ」の紹介〔実業史研究情報センター・ブログ2011年4月20日〕
http://d.hatena.ne.jp/tobira/20110420/1303266767

3) Shashi: the Journal of Japanese Business and Company History
http://shashi.pitt.edu

4) http://library.osu.edu/wikis/shashidb/index.php/Main_Page

5)グッド長橋広行「Japanese Company Histories Interest Group (Shashi Group) : 北米における社史研究の現状」 『専門図書館』No.246(2011.03) p.36-38

6)http://www.library.pitt.edu/libraries/hillman/hillman.html。Hillman Libraryの東アジア図書館の概要については、江上敏哲『本棚の中のニッポン』(笠間書店、2012)p47-55に紹介されている。


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