情報資源センターだより

8 社史の楽しみ−実業史研究情報センターの社史索引プロジェクト

『青淵』No.680 2005年11月号掲載|実業史研究情報センター 専門司書 門倉百合子

「社史索引プロジェクト」とは

 明治以降これまでに我が国で刊行されてきた社史は、およそ1万4千点ほどあります。社史はその企業の歴史と原点を示すものですが、たくさんの社史を集積することで日本の経済発展の足跡をよく知ることができます。そこで実業史研究情報センターでは、社史の内容を横断的に検索できるデータベースを構築することを計画しました。
 ある本の内容を調べる時には、本の巻末に「索引」があれば簡単ですが、索引付きの社史はおよそ300点、全体の5%足らずです。索引がない時は「目次」から内容にアクセスすることになります。また多くの社史には「資料編」として、企業の活動の推移や変遷を示す主要なデータがまとめられています。更にほとんどの社史についている「年表」は、会社内外の出来事を縦横に浮かび上がらせています。そこで私たちのプロジェクトでは、それぞれの社史の(1)索引、(2)目次、(3)資料編、(4)年表、という4つの項目をとり出し、データベースを作ることにしました。

さまざまな発見

 幸い渋沢史料館にはたくさんの社史のコレクションがありますので、そのうちから索引のあるものを優先して作業を開始しました。細かいデータをひとつひとつ拾いながら、これまでにおよそ30社分の社史40冊ほどの入力作業が終わりました。1社の社史が本編と資料編に分かれていることも多く、また2冊あわせて5Kg以上もある重量級のものもあり、作業は体力勝負でもあります。しかしながら初めて知る会社はもちろん、身近な会社でも社史をあらためて触ってみるといろいろな発見があり、興味が尽きません。
 王子製紙や三菱製紙の社史には特別製の紙が使われ、平凡社の社史は作家の尾崎秀樹が執筆しています。ローラ・アシュレイやタルボット、ボディショップといったいつも気にかけている店が、皆ジャスコの提携先とは知りませんでした。トキメック(旧東京計器制作所)の社史にはジャイロコンパスを開発したスペリー博士の追悼会に、渋沢栄一が発起人として関わった記事と写真がありますが、これは「渋沢栄一伝記資料」には書かれていないエピソードでした。同社は1934年上野の科学博物館に「フーコーの振り子」を納品しています。また飛鳥山を走る都電荒川線に関連して、王子電気軌道が1942年に軌道その他を東京市に譲渡した、との記述が東京電力の社史にありました。栄一の息子の渋沢武之助についての資料は少ないのですが、石川島重工業の社史のなかに名前をみつけることができました。
 このように社史のグラビアや目次を眺めているだけでその会社の歩みが浮かんできますし、年表は明治以降の近代史の証人のようであります。明治維新から日清・日露戦争、第1次・第2次大戦、最近ではバブル崩壊から阪神淡路大震災などの大きな苦難をそれぞれの会社がどのように乗り越えてきたか、日本の近代経済社会を築いてきた人たちの具体的な歩みはどのようであったか、それぞれの社史からドラマのように描き出されてきます。

横断検索の結果は

 入力の終わったデータを統合してみると、いろいろな面からの利用ができます。「索引」の統合ファイルは3万件以上のデータが入っており、試みに「渋沢」といれて検索をしてみると21件ヒット、そのうち「渋沢栄一」は12件でした。「日本郵船」「王子製紙」「東京電力」「キリンビール」「帝国ホテル」などの会社には栄一が直接経営に関わっていましたので、索引に現れるのは当然です。さらに「日本製粉」「平凡社」「安田生命」「日本電気」などの会社には、栄一は直接経営に関与していなくても社史に名前が登場していて、何らかの形で関わっていたことがわかります。栄一以外にも両親の「渋沢市郎右衛門」「渋沢えい」、甥の「渋沢元治」、孫の「渋沢敬三」「渋沢華子」、ほかに「渋沢史料館」なども登場しています。
 「年表」の統合ファイルは、現在約5万件のデータになりました。年月日順に並び替えると、同年同月同日に全国でどのような出来事があったか一目瞭然になります。たとえば1934(昭和9)年2月には、日本郵船が日本産業汽船を設立し、日本製粉は東京株式取引所に上場し、王子製紙は社債2500万円を発行し、満州では東満州人絹パルプほか4社が設立され(三菱製紙社史)、富山房から「国民百科事典」が刊行開始され(平凡社社史)、帝国ホテルにはナチスドイツから亡命したピアニストのレオニード・クロイツェルが来泊した、という具合です。

今後の取り組み

 以上のようにこれまで実験的に10万件ほどのデータを蓄積してきましたが、それらを検討した結果、まず「渋沢栄一」が関与した会社の社史をまとめて作業していくことにいたしました。栄一が関与した会社はおよそ500社あるといわれておりますが、それが現在までにどのような変遷をたどったか、それぞれの会社が社史を出しているか、ということから洗いなおしていくことになります。今後数年以内にある程度まとまったデータベースを作成する予定ですので、どうぞご期待ください。

(実業史研究情報センター 専門司書 門倉百合子)

[補記:上記スペリー博士追悼会に栄一が関わった記事は、「渋沢栄一伝記資料58巻事業別年譜」の「五十音順款項目索引」からは探せないエピソードでした。その後センターで現在作成中の「伝記資料目次データベース」で検索したところ、関連記事が第40巻606ページ以降にあることがわかりましたので、訂正いたします。]


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