情報資源センターだより

1 渋沢敬三の夢から実業史研究情報センターが誕生

『青淵』No.658 2004年1月号掲載|実業史研究情報センター長 小出いずみ

 昨年の晩春以降、史料館では大きな変化を迎えることになりました。渋沢敬三の夢が「再発見」されたのです。
 渋沢栄一の没後に記念事業を考えていた敬三は、昭和12年、青淵翁記念日本実業史博物館を設立する構想を練りました。同年、その計画案は竜門社によって正式に決定され、関係資料が本格的に蒐集されました。そして昭和14年5月13日には、曖依村荘内の、現在史料館が建っている場所を建設地として、地鎮祭が行われました。しかし時代は戦争へと突入して行き、工事は延期になり、収蔵品は小石川の阪谷邸に移動され、終戦を迎えます。ところが戦火は免れたものの、阪谷邸は占領軍に接収されてしまいました。そこで散逸を防ぐために、コレクションは当時の文部省史料館(現在の国立史料館)に寄託、のちに寄贈されます。

 このような数奇な運命を経てひっそりと眠っていた旧蔵品を、デジタル写真にとり、利用できるよう整理する作業が、近年、国立史料館で始まりました。というのはこのコレクションには、錦絵を始め、明治前後の時期の産業や経済の発展を視覚的に訴える資料が、非常に多く含まれているからです。

 この日本実業史博物館構想とは、どのようなものだったのでしょうか。

 竜門社の計画によると、翁の伝記を網羅する「青淵翁記念室」100坪、近世において経済文化に貢献した人の「肖像室」50坪に加え、450坪と計画されていた「近世経済史展観室」が主要な部分を占めます。ここに込められた発想は、江戸末期以来数多くの起業家や一般の国民が、未曾有の大変革の中で、どのようにして近代化の要請に対応してきたか、具体的な資料に基づいて検証すること、それによって栄一の業績の広がりを顕彰すると共に、その背景にあった、全国規模で進展した社会変革に関する研究に資するものを目指すというものでありました。この計画について、敬三は個人的にも努力し、また竜門社や第一銀行などの組織を通じて膨大な資料を蒐集しました。

 敬三はこのように社会経済史の研究に資料的基盤を提供することによって、祖父栄一の活動を記念しようとしました。これは、富の蓄積を独占せずに社会に還元する道を選んだ栄一と、広く学問や研究の基盤を支え舞台裏の大仕事を成し遂げた敬三、この二人の偉業をまさに融合させるような構想でした。渋沢史料館として現在実現されているのは、昭和12年の竜門社の計画のうち、青淵翁記念室のみにすぎません。

 昨春、国立史料館で資料価値の高い旧蔵品の詳細が再確認されて以来、なんとかしてこの博物館構想を実現したい、との願いが沸き起こりました。幸いなことに、同史料館は蒐集に当たっての敬三の尽力と展望を考慮し、当財団との間に将来の利用や普及について積極的な協力を進めるという合意が形成されつつあります。現在では、デジタル技術により精巧な複製を作ることができますから、当館所蔵でなくとも、十分に展示、閲覧、研究することが可能になっています。さらに、敬三があみだした「情報資源化」の手法を用いて、旧蔵資料を核としつつも、その他の資料への橋渡しを行うことによって、敬三の意図したところが実現できる、と考えるにいたりました。

 今後は当史料館でも、実業錦絵や商業道具、職工や産物の図や写真などの資料を収蔵品に追加していき、栄一の活躍の背景となった時代とそれを担った人々にも光をあてます。また、現在国立史料館にある旧蔵資料をはじめ、散在する実業史関係資料(群)の情報を集約してデータベース化し、研究や分析に利用できるように整備します。そしてこれらの文化的な資源を、最新の技術を駆使して内外に普及展示し、将来の実業史研究の基盤を作ろうと企画しています。

 資料内容の範囲と規模の拡大により、当史料館は、渋沢栄一を核とした、実業史研究資料館を目指す、という新たな段階を迎えることになります。その中核的な機能を担うべく設立されたのが、実業史研究情報センターです。

 今後5年間にセンターでは、実業錦絵データベースをはじめ、社史データベース、実業人データベース、博覧会データベースなどを開発していきます。また、渋沢に関する資料や研究情報を集約し、渋沢関係情報の一大照会センターの機能をより充実させます。

 大型で野心的な企画ですが、この計画を諸方面に話したところ、予想以上の歓迎を受けました。近代国家としての日本の形成過程について、政治制度の発達や外国との関係については研究が進んでいるが、その基礎を支えたはずの「富国強兵」の「富国」の部分や「殖産興業」について、とりわけ、政府の政策の下にある庶民が経済人として活動していく過程については研究されておらず、一種の空白になっている。今までそのような研究をやりたくてもできなかった。現在のような文明の転換点にモノつくりの歩みを見直すことは是非必要だ・・・などの声が次々に寄せられています。

 また、再確認された旧蔵コレクションについては、資料の持つ価値の高さを反映して、既に海外の大学や博物館などから共同展示などの打診を受けております。皮切りに、本年9月から10月にかけて米国ミズーリ州セントルイス市で『日米実業史競べ』と題する展覧会を企画しております。

 実業史研究情報センターの設置によって、渋沢史料館は、過去の知恵に積極的に学んで未来を紡ぎ出すための、資料の宝庫となることを目指します。引き続き皆様の強力なご支援をお願いいたします。

(実業史研究情報センター長 小出いずみ)


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