情報資源センターだより

34 『世界のビジネス・アーカイブズ:企業価値の源泉』刊行!

『青淵』No.758 2012年5月号|実業史研究情報センター長 小出いずみ

 昨年5月に開催したビジネス・アーカイブズ国際シンポジウムでの発表論文をもとに、最近の関係分野の論考を加えて、世界のビジネス・アーカイブズの活動を伝える標記の書物を編纂。日外アソシエーツ社から出版されました。本書では、個別企業の事例を通して、ビジネス・アーカイブズの第一義的な目的は企業・団体の経営のツールであることが明確に語られています。

 『青淵』2011年8月号でシンポジウムについてご報告し、その中で、敵対的買収による企業統合にアーカイブズが積極的に寄与しているクラフト・フーズ社の例や、企業の価値を引き出す源泉としてアーカイブズを活用している長寿企業、株式会社虎屋の例をお伝えしました。本書にはその他にもさまざまな事例があります。

 第二次世界大戦の傷跡は現在も残り、各国の企業は今なお当時の被害者からの集団提訴のようなリスクを抱えています。ドイツの化学会社エボニック・インダストリーズ社、スイスのロシュ社は、アーカイブズ資料を適切に保存・管理することによってリスク要因を減らし、社会的な信頼性を獲得することに寄与しています。この二つの会社の事例は、明らかに誤った過去の経験もそれを隠すのではなく、社内に専門の部署を置き、その事実の記録をしっかりと保存管理し将来に備えることが現代におけるベスト・プラクティスであることを示唆しています。

 1990年代に大赤字を出して、その後パソコン部門を中国企業に売却、大リストラを行ったIBM社は昨年創業100周年を迎えました。近年ITソリューション・カンパニーとして好調な背景には企業ブランドを明確に打ち出して、顧客の信頼性を高めていることが挙げられます。明確なブランド定義は、実は企業アーカイブズの存在があってこそ可能であったことが示されています。

 さらに、国家レベルの戦略により、イギリスでは国立公文書館が企業史料を国民的財産として収集していることが報告されています。また中国では国家档案局が先頭に立ち、民間企業における記録は「資産」でありその活用によって企業活動はコンプライアンスと説明責任を強化し、効率化を図るという思考を普及しています。

 本書の読者からの反響の一部をご紹介します。

  • どんな現場でも「これは使える!」というさまざまな「手」が満載で、すぐに役に立つと思います。
  • アーカイブズが存在し、企業がその価値を意識し、透明性、説明責任といった価値の実現のためにそれを使ってくれるのだとしたら、それだけでも少し社会はよい方向に変わるように思います。

 ビジネス・アーカイブズの振興は、渋沢栄一の「道徳経済合一説」を実現する一つの手段である、と私どもは位置付けております。本書の様々な事例は、アーカイブズと経営のつながりを具体的に示しています。

 本書は合計15章から成り、共著の章があるので著者が16人、日本語の章があるので翻訳者は14人、内外合わせて30人の方々にご協力いただきました。本書の編集を通じて、世界の第一線で活躍されている著者の方々、および日本でアーカイブズに関わる仕事をされている翻訳者の方々とのネットワークを築くことができました。また、翻訳・編集作業を通じて、私どももビジネス・アーカイブズに対する理解をより一層深めることができました。

 この成果を踏まえ、実業史研究情報センターでは次のステップとして、日本におけるビジネス・アーカイブズについて内外に向けて伝えて行くことを計画しています。企業価値をより効果的に高めることのできるビジネス・アーカイブズとはどんなものか、その姿を描き出せるよう、様々な活動や工夫を紹介して情報共有を進めていきます。

*渋沢史料館ミュージアムショップに販売案内があります。

(実業史研究情報センター長 小出いずみ)

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