情報資源センターだより

16 画像利用の課題 ―アメリカ出張より

『青淵』No.704 2007年11月号掲載|実業史研究情報センター長 小出いずみ

 大学における教育や研究のあり方には、学問の進化や流行が反映されます。この10年余、学術資料との関連で大きく目立つ変化は、どの分野の研究でも、論じているものについて画像や写真などを使用することが多くなったことです。

会議の参加者
会議の参加者
 たとえば美術史の授業で作品の写真を用いることは当然としても、その他の人文社会科学でも視覚的な素材が広く使われるようになりました。人物や建物、場所などの写真、映画のスチル写真、ポスターやビラ、絵ハガキ、マンガやアニメのひとコマなど、幅広く利用されています。図や静止画像だけでなく、音楽などの録音素材やテレビ番組など映像を伴う素材も頻繁に使用されるようになりました。学生が試聴できるように、選択された教材を入れた音声機器(たとえばiPod)をコース向けに用意することは、日本でもアメリカでも行われています。小中学校だけでなく、大学における教育メディアも多様化し、文字や言葉だけに頼る教育は過去のものとなりつつあります。

 研究方法にも変化が現われています。美術史以外の歴史研究でも絵や写真など視覚的な資料が多用されるようになりました。たとえばジョン・ダワーはアメリカの日本占領を論じた著書『増補版 敗北を抱きしめて』の序文で、「以前から、私にとって視覚的な資料は、言葉では伝えることができない物語を語ってくれる『テキスト』であった」1) と記しています。これは、文字や言葉に頼っていた歴史研究方法の転換を示すものといえるでしょう。その結果、研究の成果を学術書として出版する場合も、これまで以上に多くの図や写真が用いられるようになりました。これは、出版技術の進歩により画像を入れやすくなったことも関係していますが、より本質的には、視覚的な資料も歴史の「テキスト」として扱う研究方法の変化によるものといえます。

 アメリカではこのような学問的な状況は、資料や情報を提供する役割を担う大学図書館など学術資料関係者にとって、新たな課題になっています。教室(時にはインターネット上での遠隔教育)や研究成果の出版に使用するために、画像や映像などの素材を提供できるか、どこから探し出すか、利用方法はどうか、権利処理をどう行うかなどについて精通する必要があるからです。

 8月末にハーバード大学を会場として開かれたNCC画像利用手順タスクフォース2) の第一回会合に参加しました。NCCは北米の日本研究資料に関する様々な問題に取り組むために結成された組織で、図書館員や研究者の代表で構成されています。「日本に関係した画像などの素材の利用がスムーズに行かない」、「円滑に迅速に画像の利用を図りたい」、という研究者たちからの要望によって、このタスクフォースが設けられました。

 第一回会合で出された議論は、とくに日米の学術出版の状況の違いを際立たせるものでした。学術書は大学出版会から刊行され、商業目的の出版かどうか出版元によって明瞭に区別でき、出版部数が数百ということも珍しくないので金銭的な利益はほとんどないが掲載内容の著作権処理には厳しいアメリカ。そもそも著作権の所在があいまいなもの(たとえば自治体に所蔵されている地域の写真など)も多いが、出版物への画像の掲載は「引用」に準じて考えられ、論述が主で画像が従であれば画像掲載は著作権法上は問題がなく、問題なのはむしろ画像とその対象の所蔵権という日本。このような違いがあることを共通認識にし、問題の所在を明確化するところから、このタスクフォースの仕事が始められることになりました。

 実業史研究情報センターでは、研究に役立つ資料を利用できるように資源化する活動を行っています。この観点から、日本に関する画像の学術的な利用手順のノウハウが整理・蓄積され、国内外で研究や教育が豊かにスムーズに行えるように、今後協力して行きたい、と考えています。

1) ジョン・ダワー『増補版 敗北を抱きしめて』上(岩波書店、2004)p.viii

2 NCC(北米日本研究資料調整協議会)Image Use Protocol Task Force
http://www.fas.harvard.edu/~ncc/imageuse.html (2007/09/09)

(実業史研究情報センター長 小出いずみ)


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