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『青淵』No.677 2005年8月号掲載|実業史研究情報センター 企業史料プロジェクト担当 松崎裕子
実業史資料ディレクトリーとは、実業史に関わる史資料群がどこに、どのようなかたちで残っているのかを調査し、データベース化して公開する事業です。会社や経済団体など、さまざまな実業史資料があります。まず着手したのが、企業史料ディレクトリーの作成です。
企業史料とは企業(会社)組織が作成・収受・蓄積した資料のうち、歴史研究に利用可能な記録・モノ情報資源、文字記録情報のことです。社史編纂の典拠となる経営文書や営業文書、製品や広報資料など、さまざまな種類の史料群(ビジネス・アーカイブズ)が含まれます。
(1)企業経営のための資源
第1に、企業は経営者・社員教育のため、資料・情報の整理・保存のため、そして企業のPR・イメージづくりを目的として社史・年史編纂に取り組みます。社史・年史を作るうえで資料・典拠となるもの、それが企業史料にほかなりません。
第2に、企業史料は企業経営を行ううえで欠かすことのできない経営資源です。1934年に創設されたビジネス・アーカイブズ・カウンシル(Business Archives Council=本部ロンドン)では現在「隠れた財産キャンペーン(Hidden Assets Campaign)」を行っています。これによると企業史料は(a)企業統治の情報開示と内部統制、(b)企業の社会的責任(CSR)、(c)企業ブランドの形成のため、(d)企業活動の証拠、(e)懐古的な商品開発、(f)社員教育の教材、といった観点から、企業の隠れた財産と呼ばれています。
(2)国民的遺産――「企業は社会的存在」
企業の活動は社会に大きな影響を与えるという意味で公共性を持つ存在、社会的な存在です。渋沢栄一も企業活動そのものが社会に役立つものであるべきだと考えていました。それゆえに企業活動の「記録」である企業史料も社会にとって大切なものであると言えます。企業の歴史を表す史料は実は企業と社会の両方の記録であるといえます。日本経済を構成する各企業が集積してきた企業史料は、日本社会と日本経済の歩みを記す国民的遺産(national heritage)であり、将来への歩みを照らす文化資源であるのです。
散在する企業史料(群)の情報を集約してデータベース化し、研究や分析に利用できるように整備すること、またそれらの情報を最新の技術を駆使して内外に提供するという企業史料ディレクトリーには次のような意義があります。
(1) 企業の信頼性を高める
企業史料の所在と概要を公開することは、積み重ねと足跡を大切にする企業の姿勢を明らかにして、その企業に対する社会的信頼性を高めることに寄与します。
(2)企業の足跡と企業史料への関心高める
1981年(昭和56年)11月4日の企業史料協議会設立総会において花村仁八郎・経団連副会長(当時)は「企業の発展を跡づける歴史資料をきちんとした形で保存するということは、次の世代に文化を引継ぐという意味でも、諸外国にわが国企業の姿を正しく見てもらうためにも大変重要ですが、残念なことに欧米先進諸国に比べ、歴史資料の保存策は立ち遅れています」と述べられました。企業史料ディレクトリーの公開は、企業の足跡と企業史料に対する一般の理解と関心を高めることに資するでしょう。
(3)経営史・日本史研究のレファレンス・ツール
近代日本の発展の軌跡と要因を実証的に明らかにしようという専門家にとって、企業史料の所在・概要情報は貴重なものです。企業史料ディレクトリーは経営史・経済史のみならず、社会における企業の歴史を専攻する国内外の研究者に便益を与えます。
企業史料の所在と概要に関するアンケートの試行版を作成しました。これを携えて渋沢栄一にゆかりの企業や企業史料協議会加盟各社を訪問したり、あるいは資料室・社史編纂関係の方々をお招きしたりして聞き取り調査を行っています。アーカイブズ学や歴史研究専門の先生方にアドバイスも仰いでおります。
ある歴史家は「こういうものを作ることがわたしの長年の夢でした。」とおっしゃってくださいました。「夢」の実現をめざして、たくさんの方々のご協力を得ながら取り組んでおります。進捗状況はホームページでお知らせします。
(実業史研究情報センター 企業史料プロジェクト担当 松崎裕子)