史料館だより

47 渋沢敬三の夢

『青淵』No.766 2013(平成25)年1月号

 新年あけましておめでとうございます。良き年をお迎えになられたと同時に、良き初夢をご覧になられたでしょうか。夢と言えば、渋沢史料館にお世話になるようになった30年近く前、夢の中に渋沢敬三が現れたことを思い起こします。史料館で仕事をしている私に「頑張ってますね。史料館をよろしくお願いしますよ」という言葉をかけてくださったというものです。孤立感を強く感じていたときに、見守っていただけるのかと、嬉しく、大きな励みになるものでした。
 その敬三自身は、博物館に対して大きな夢を抱き続けた人でした。「理論づける前にまず総てものの実体を掴(つか)むことが大変大切」という言葉から読み取れるように、生物学者を志した人間らしく、敬三には事業の対象を生態学的な観点で捉える傾向がみられます。研究面においても同様で、「自分は学者ではなく、一実業人」として自らを位置づけて、「資料を学界に紹介・提供すること、そのために努力する研究者の仕事を援助・実現する」ことを使命として見出しています。特定の資料を選び出すのではなく、可能な限りの資料のすべてを印刷に付すという方針のもと、『豆州内浦漁民史料』など多くの資料集を刊行しました。
 同時に、敬三は、収集した資料や研究成果を博物館を通して公開することに着目し、晩年に至るまで、博物館に対して強い思いを持ち続けました。それは、アチック・ミューゼアム(屋根裏の博物館)に現れていたり、滞欧中に訪れたストックホルム郊外のスカンセン野外博物館をモデルとした野外博物館建設に際し、土地・建物への資金援助や資料の寄付など協力を惜しみませんでした。国立民族学博物館をはじめとして十和田科学博物館、小川原湖民俗博物館、モンキーセンター、日本民家集落博物館など敬三が関与して実現した博物館は少なくありませんが、敬三には、延喜式博物館などまだ他にも心に期すいくつもの博物館、資料館構想がありました。その1つに、渋沢史料館の淵源となる「日本実業史博物館」があります。敬三が尊敬する祖父・渋沢栄一の事績を世に示すに当たり、単に一個人の事績を紹介するのではなく、その人物が生きた時代の特質を描くことで、より立体的に事績を捉えることができるという発想がありました。
 開館30周年を過ぎた渋沢史料館が進化すべく「情報資源化」を軸に検討を重ねていることは、昨年の1月号で紹介させていただきました。中心的なプロジェクト内容の紹介でしたが、その大元のねらい・理念は、敬三の考え方にあり、具体的には『渋沢栄一伝記資料』の意義や日本実業史博物館の原点に立つというものでした。
 当財団の定款にある「渋沢栄一の偉業及び徳風を追慕顕彰し、渋沢栄一が終始唱道実践せられた道徳経済合一主義に基づき、経済動義を昂揚する」目的に沿いながら、これまで触れられることがなかった分野における渋沢栄一の再発見につなげると同時に、現代社会においてなお生き続ける渋沢栄一の事績・思想のさらなる普及につとめることがあげられます。
その目的に則した具体的な事業としては、

(1)渋沢栄一の事績と思想、日本の近代化・産業化(栄一の生きた時代)に関する資料および各種の情報に関しての調査・研究ならびに収集を行う。
(2)資料の保存と管理を行い、後世に受け継ぐ。
(3)館内外での展示。教育事業などを通じて広く公開・普及し、利用を促進する。
(4)所蔵資料のみならず、外部所在の資料や調査・研究成果の情報化を進め、オンライン・オフラインを問わず広く提供する。
(5)国内外の研究機関や博物館・図書館・文書館、教育機関、地域社会、産業界などのネットワーク形成とそれによる新たな資料の資源化を図ると同時に利用を推進する。
(6)渋沢栄一思想の現代社会への応用・啓発をはかる。

といったものでした。
 これは、渋沢敬三の発案によって準備が進められた「日本実業史博物館」を現在の技術によって機能をより高度にした文化機関を目指すということなのです。
 現在の渋沢栄一記念財団が、渋沢史料館、実業史研究情報センター、研究部の3事業部によってここ数年かけて進めてきた事業自体が、我々が目指す次の姿と言えるように思っています。ゆえに、それぞれの部が持っている機能を1つに融合させ、1つの組織になることによって、他に類を見ないような博物館の進化・発展した姿になりうると考えています。
 これまでにも何度となくお伝えしてきましたが、渋沢栄一とその周辺を通じて、日本の近代化を伝え・受け継ぐ資料・情報のハブとなることを期すのです。そうすることによって、一昨年1月の本欄で述べた、「見えない栄一」を「見える栄一」へと試みることになるかと思います。高度成長を目指す渋沢史料館にご期待を寄せて暖かく見守っていただければと存じます。
 今年は、渋沢敬三が亡くなって50年の年となります。財団法人MRAハウスからの助成を受けて、渋沢敬三記念事業にて10のプロジェクトを企画し、その成果をとりまとめて、展覧会、国際シンポジウム、刊行物等によって公開ができるよう準備を進めているところです。こちらもまた期待していただきたいと思います。なお、渋沢敬三記念事業の公式サイト(http://shibusawakeizo.jp/)が立ち上がっていますので、今後の進捗状況などもご確認いただければと存じます。
 この先、具体的な構想を練っていくわけですが、また、夢のなかに渋沢敬三が登場してくださって、良きアドバイスをいただけないかなと思う今日この頃です。

(館長 井上 潤)

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