研究センターだより

45 「文化資源館」における研究活動とは/人的ネットワークの重要性/グローバルとローカルのバランス

『青淵』No.804 2016(平成28)年3月号

「文化資源館」における研究活動とは

昨年10月10日(土)、経営史学会2015年全国大会(於大阪大学)で、パネルセッション「『文化資源館』構想とその可能性―経営史研究支援の新たな地平―」を実施しました。これは、当財団編『渋沢栄一記念財団の挑戦』(不二出版、2015年)の出版を記念して企画されたものです。今回は、そのパネルで井上渋沢史料館長、小出前実業史研究情報センター長と一緒に私が報告しましたテーマ「研究支援機関としての文化資源館―経営史を中心として」の概要とそれに対する質疑応答の一部をご紹介します。

「文化資源館」は、まだ確固とした内容が出来上がったとはいえませんが、それだけに従来の研究機関にない横断的でダイナミックな研究活動と研究支援を実施できる可能性があります。私の報告では、「文化資源館」という従来の博物館、資(史)料館、図書館を超えた新しい知の集積と発信を試みる組織が経営史研究を促進させるためにどのような支援ができるかを明らかにしようと試みました。具体的な例として、2002年以来の研究部(2015年4月1日より研究センター)の諸事業を紹介し、将来へ向けて経営史研究の地平拡大の可能性について論じました。

2002年4月の創設以来、渋沢栄一の精神を生かした「アカデミック・エンタープライズ」として、研究部が企画・立案・実施してきました数多くの研究プロジェクト、寄付講座、シンポジウムなどと、その成果出版物を紹介しました。(例、『グローバル資本主義の中の渋沢栄一』〈パトリック・フリデンソン、橘川武郎共編著、東洋経済新報社、2014年〉)。

人的ネットワークの重要性

これらの活動の中で特に重視したのは、内外の多様な知的人的ネットワークの創出とその維持発展でした。日本の財団でも各種イベントや研究助成を通じて、知的人的ネットワークを築いていますが、その維持発展が困難なため、せっかく創り出した人的ネットワークが長期にわたりうまく活用されているとは言えない状況です。日本国際交流センターやサントリー文化財団など少数の成功例はありますが、日本を中心とするグローバルな知的人的ネットワークはまだまだ少ないのです。当財団の15年間にわたる研究プロジェクトやイベントに参加された200名を超えるシニア、中堅、若手研究者や実務家は、実に多様(多国籍、学際的)で、将来の当財団活動のみならず、グローバル社会における現在および将来の日本を考える際の強力な知的基盤になると思われます。既に当財団のプロジェクトで知り合ったメンバー同士で別個の研究活動やシンポジウムなど新たな知的交流が行われ、各方面での活躍を見ることができます。当財団もその人的ネットワークを維持発展させるため、15年間の間にプロジェクトやイベントを通じて何回か交流の場を設け、ネットワークの維持発展にことに尽力してきました。その際海外拠点は大きな役割を果たしました。海外拠点としては、米国ミズーリ州立大学セントルイス校「渋沢栄一=新井清吾プロフェッサー(日本研究)」及び同大学付属マーカンタイル・ライブラリー、中国武漢市華中師範大学渋沢栄一研究センター、カナダトロント大学倫理研究センター、フランスアルベール・カーン博物館などです。

以上の経験を踏まえて、今後「文化資源館」として、渋沢財団が経営史研究に対して、今後どのような支援が可能かを論じました。具体的には(1)渋沢栄一が深くかかわった企業や団体の国際比較研究(2)企業家精神とフィランソロピーの関係(3)渋沢栄一研究フェローの育成について紹介ました。さらに、もし渋沢栄一ならば今日的課題にどのように対応するかという問いかけに対しては、(1)合本主義を通じて新しいグローバル資本主義のあり方を考える、(2)地方創生における金融(銀行)と経済団体(商工会議所)の役割を再考する、(3)内外研究者の重層的なネットワークのさらなる拡大を図ることなどについて言及しました。

グローバルとローカルのバランス

コメンテーターの松本和明氏(長岡大学教授)から、財団が創出した人的ネットワークの中で、公と私、グローバルとローカルのバランスに考慮して、渋沢の考えに通じる地方創生にも主体的に活動することが期待される。また日中関係を考慮すると、中国の実業家、張謇(ちょうけん 1853~1926)の事績についてさらなる実証分析により解明されることが望まれる、というご助言をいただきました。

このコメントに対して私の回答は次の通りです。まず公的部門との協力については、北区主催のイベント(区民祭りなど)に協力すると同時に、当財団が主催、北区飛鳥山博物館をはじめとする北区の様々な博物館と協力し、「北区の近代産業ルネサンス」と題するシンポジウムシリーズを行ってきました。周知のように現在の北区地域(王子、滝野川、赤羽など)は、古代から交通の要衝で、政治経済の中心地の一つでした。江戸時代は、江戸城から日光街道への道筋に位置し、八代将軍吉宗の時代には、新しい桜の名所として有名になりました。明治期には、印刷、製紙、醸造、人造肥料など様々な分野で王子製紙、大日本人造肥料をはじめ、日本を代表する企業が誕生し、産業ルネサンス地域の一つとなりました。2013年には印刷・製紙業、2014年には交通(道路、鉄道、水上交通)、2015年にはお金に焦点をあて、それぞれ北区飛鳥山博物館講堂でシンポジウムを開催しました。今後はこうした取り組みを地元だけでなく、日本各地で実施していきたいと考えています。また日中関係や中国実業家の実証研究もグローカル(グローバルとローカルの)バランスを取りながら進めていきたいと思います。

主幹(研究)木村昌人


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