研究センターだより

50 グローバル資本主義のあるべき姿とは?

『青淵』No.819  2017(平成29)年6月号

今回は、3月末に米国ボストンとカナダトロントで開催しました二つのシンポジウムについてご紹介いたします。

2011年7月に企業家研究フォーラム年次大会に合わせて、合本主義研究会を大阪で開始し、足掛け6年実施しました「合本主義プロジェクト」(注1)の成果が、今年3月上旬にEthical Capitalism: Shibusawa Eiichi and Business Leadership in Global Perspectiveとしてトロント大学出版会から刊行されました(日本語版は、パトリック・フリデンソン、橘川武郎編著『グローバル資本主義の中の渋沢栄一--合本キャピタリズムとモラル』、東洋経済新報社、2014年)。

この出版を記念して、3月27日(月)にハーバード・ビジネス・スクール(HBS)で、翌28日(火)にトロント大学で、それぞれStakeholder Capitalism in Turbulent Timesと題して、公開シンポジウムを開催しました。ステークホールダー資本主義とは、株主(シェアホルダー)だけでなく、企業を取り巻く投資家、取引先、債権者、従業員、地域住民などに加えて、コミュニティ−、NPOまで含む利害関係者全員が資本主義社会を形成しているという考え方です。

両日ともに編著者のフリデンソン、橘川両氏の同プロジェクトに関する説明後、ジャネット・ハンター(ロンドン大学教授)氏の司会により、現地の著名なビジネスリーダー(ローレンス・フィッシュ氏〈ボストン〉、ケヴィン・リンチ氏〈トロント〉)とジョージ・セラフェイム氏、ジョフリー・ジョーンズ氏(ともにHBS教授)、渋澤健氏がパネリストとして、講演と討論を行いました。トランプ政権が登場したこともあり、資本主義と倫理の関係についての関心は高く、初日は雨にもかかわらず70名以上、快晴のトロントでは100名を超す聴衆が参加しました。素晴らしい講演に対し、水準の高い質問が次々と出され、内容の濃いシンポジウムになりました。渋沢栄一が唱えた合本主義や道徳経済合一説は、現在の日本が、世界が直面する課題に対して、説得力を持ってアピールできる数少ないテーマになったことは間違いありません(詳細は後日ご紹介いたします)。

ここではボストン・シンポジウムの概要を紹介します。基調講演のローレンス・フィッシュ(ホートン・ミフリン・ハーコート会長・フィッシュファミリー財団会長)氏は、自身の経歴を紹介しながら、企業は三つの理由から倫理的な責任があると述べました。それは①企業活動は顧客志向でなければならない、②従業員は労働を通じてプライドを高めなければならない、そして③すべてのビジネスは常にコンプライアンス(法令順守・企業倫理を守る)を念頭に置かなければならないからだ、と。つまり企業倫理が欠落していると、その企業のブランドは傷つき、有能な人材を失い、持続的な投資を期待することができなくなるのです。近年のBP、フォルクスワーゲン、ウェルズファーゴ銀行、タカタ、香港上海銀行の事例を見ればよくわかります。次に渋澤健(コモンズ投信会長・当財団執行理事)氏は、渋沢栄一の合本主義と「論語と算盤」説をわかりやすく紹介しました。合本主義を英語に直すことは難しいが、Corporationに近いのではないか。資本だけでなく、ヒト、モノ、情報の四つの要素がうまく組み合ってこそ資本主義はうまく機能すると考えたのではないか。そしてその要素の中でも栄一が人材教育に力を入れたことを強調しました。

討論者のジョージ・セラフェイム(ハーバード・ビジネス・スクール教授)氏は、社会にとっての正義と企業にとってのそれとは常に一致するとは限らない。株主(シェアホルダー)資本主義では、株主の利益や価値観と社会的費用とのバランスをどのように考えるかが重要である。先進国では、サステナビリティ(持続可能性)を重視し、新興国では、成長の観点からこの問題を考える。その点渋沢は、「論語と算盤」(道徳経済合一)を唱え、持続可能性と成長を同時に達成しようとしたのではないかと締めくくりました。

3人の実に明快な講演に対して、数多くの質問が出され、ハンター氏のてきぱきとした司会により、充実したシンポジウムになりました。

主幹(研究)木村昌人

注1 非公開の研究会と並行して公開講義とシンポジウムを世界各地で実施しました。2013年10月29日には華中師範大学当財団寄付講座で、島田昌和先生が「21世紀に生きる渋沢栄一の経営思想−合本主義から合本キャピタリズムへ」という演題で講演。同年11月には渋沢栄一が約150年前に合本主義を学んだパリで、二つのシンポジウムを開催しました。まず11月25日には、パリOECDカンファレンスセンターで「Pioneering Ethical Capitalism」と題してシンポジウム(日英同時通訳)を開催しました。日本をはじめ、イギリス、ポーランド、ハンガリー、ポルトガルのOECD代表部大使や各国の職員、フランス人経済研究者、著名なビジネスマンなど予想をはるかに上回る約70名の参加者があり、午前中から熱心に聴講し、活発な質疑応答が行われました。翌11月26日にはパリ日本文化会館で「資本主義の仕組みと倫理」と題して日本語でシンポジウムを行いました。在仏の日本人ビジネスマンらが参加し実りある会議になりました。パリでの二つのシンポジウムを踏まえて、翌2014年4月18日(金)に東京商工会議所国際会議場で公開シンポジウムを行い、200名を超える参加者が熱心に聴講しました。


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