研究センターだより

29 2011年度研究部助成事業から〜辛亥革命100周年記念シンポジウム〜

『青淵』No.756 2012(平成24)年3月号

2011年度研究部助成事業から〜辛亥革命100周年記念シンポジウム〜

辛亥革命が渋沢栄一に与えたショック

今回は、2011年度研究部助成事業の中から、辛亥革命百周年記念日本会議の記念シンポジウム(12月3日〈土〉・4日〈日〉、於東京大学駒場キャンパス)についてご紹介します。

1911(明治44)年10月に湖北省武昌で勃発した革命運動は勢いを増し、ついに清朝を倒し、孫文を総統とする中華民国が誕生しました。いわゆる辛亥革命です。ちょうど百周年にあたる2011年には、中国、台湾、日本など各地で数多くの記念シンポジウムや講演会が開催されました。当財団はすでに2010年度にも、孫中山記念会・梅谷庄吉研究センター共催の「孫文の理想と東アジア共同体」シンポジウム(2010年11月3日、千代田区一ツ橋「学術総合センター」にて開催)を助成しました。

渋沢栄一研究にとって、辛亥革命百周年を考える意味はどこにあるのでしょうか。二つのことが考えられます。まず、渋沢栄一が70歳になり、実業界の第一線から退き、本格的に民間外交やフィランソロピー活動を開始する1910年代の最初の年に起きた大事件であったことです。渋沢栄一にとって、中国は尊敬する孔子の母国であり、政治、経済、文化のあらゆる面で日本が古代から師と仰ぐ大国でした。いち早く近代化、工業化に成功した日本は、日清・日露戦争を経て、いつのまにか清国を抜き、東アジアの大国に成長しましたが、中国とどのように付き合っていくかは、20世紀に入りますます難しくなってきました。

1910年代には、辛亥革命を皮切りに、メキシコ革命、第一次大戦の勃発、ロシア革命、大戦終了とドイツ、オーストリア・ハンガリー、オスマン・トルコ帝国の解体というように、19世紀の国際社会を支えてきたユーラシア大陸の5つの帝国がなくなり、大英帝国に陰りがみられ、大戦で疲弊したヨーロッパ諸国を尻目に、米国、日本という新興勢力が台頭しました。また国際社会の紛争を話し合いで解決しようとする機運が強まり、ウィルソン米国大統領が唱えた国際連盟が創設されました。世界の潮流は明らかに変わりだしました。

一方、日本国内では、近代化、産業化をひたすら進めてきた明治が終わり、大正デモクラシー期に入ります。日露戦争の勝利により、東アジアで欧米の植民地になる脅威を克服した日本は、富国強兵と殖産興業の目標を達成したものの、次なる目標が見つからない不安定な時代になりました。つまり内外ともに模索の時代になったのです。渋沢栄一も日本社会の行く末を心配し、日本の現状を憂い、米国や中国や、国際社会とどのようにしたら良好な関係を維持できるのかについて悩みました。明治の初年とは異なり、なかなか進むべき道はわかりませんでした。辛亥革命の中心人物である孫文にたいして、渋沢栄一は、日中共同のビジネスを進めることを提案し、そのために中国経済のインフラ整備や、日中合弁事業の設立の話しを持ちかけ、中日実業株式会社が立ち上げられました。渋沢栄一が中国との関係をどのように進めていこうとしたのか。彼の取り組んだ課題を明らかにするためにも、辛亥革命の意味を考えることが重要です。

辛亥革命の今日的な意味

次に、辛亥革命の今日的な意味です。2009年に中国はGDPで日本を抜き去り、世界第2位の経済大国になりました。一方、先進国は2008年のリーマンショック以来、経済危機からなかなか脱することができず、今年に入っても、ユーロ危機はますます深刻になり、日米の経済はデフレから抜け出せそうもありません。中国をはじめ、インド、ブラジル、ロシアのいわゆるBRICs(ブリックス 発展中の前記4ヵ国の頭文字を合わせたもの)や新興アフリカ諸国が台頭する中で、グローバル社会はどこへ進むのかよくわかりません。中国は、国内の貧富の著しい格差や、官僚の相次ぐ汚職や腐敗を一掃し、このまま高い経済成長を続け、成熟し、かつ開かれた大国として、グローバル社会のリーダーになりうるのかといった問題を考えるとき、100年前の国際情勢や日中米の行動から示唆を受ける点が多々あります。渋沢栄一が国際社会の変化を先取りして、日中米3ヵ国の関係を改善しようとして民間外交に力を入れたことなどから、現在の日本がグローバル社会の中で生き抜くためのヒントを数多く学ぶことができるように思えます。

国際関係に実業家が果す役割

こうした観点から、12月のシンポジウムに参加し、二つの面白いことに気づきました。

一つは、今日のグローカル時代を見据えた分析が数多くみられたことです。「グローバル・ヒストリーのなかの辛亥革命」というシンポジウムのテーマ設定からもわかるように、辛亥革命を近代中国の一大事件としてとらえるのではなく、はるかに広い視点から考えています。つまり辛亥革命を挟んで少なくとも前後100年ずつ計200年の長い時間軸を縦軸にし、横軸には、同時代のあらゆるアクターがどのように辛亥革命をとらえ、それに反応し、対応したかという問題意識をクロスさせ、この革命を立体的にとらえようと試みたことです。次に、実業家が国際関係に果たした役割について、中国武漢市の華中師範大学の馬敏教授が、張謇、渋沢栄一、ロバート・ダラーなどの具体名をあげ、国際関係に及ぼした影響について言及したことです。華中師範大学には中国でただ一つの渋沢栄一研究センターがあり、当財団は2008年から寄附講座を毎年1回ずつ行ってきました。今まで軍事、政治、外交に偏ってきた辛亥革命研究のなかで、経済関係、特に渋沢栄一をはじめ実業家の行動に焦点が当てられたことは、渋沢栄一研究をより多角的に発展させることにつながるでしょう。

(研究部・木村昌人)


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