財団法人 渋沢栄一記念財団 :渋沢史料館
渋沢栄一 渋沢史料館 実業史研究情報センター 研究部 財団概要 Home English
史料館スケジュール
施設概要
常設展示
企画展示
企画展示
  収蔵品展
  イベント
  晩香廬 青淵文庫
内部公開
  書画コーナーの展示
     2012年
     2011年
     2010年
書簡コーナーの展示
     2012年 - 2013年
     2011年 - 2012年
テーマ展シリーズ
    “平和を考える”
  過去のイベント
ミュージアムショップのご案内
史料館だより
渋沢研究会のご案内
利用案内地図など
リンク
書画コーナーの展示

常設展示室の書画コーナーでは、随時展示をおこないます。

収蔵品展 青淵先生に聞きました 渋沢栄一のオーラルヒストリー
飛鳥山邸洋館にて
収蔵品展  青淵先生に聞きました 渋沢栄一のオーラルヒストリー

会期:2012年6月9日(土)〜9月17日(月・祝) 
    10:00〜17:00(入館は16:30まで)
場所:渋沢史料館2階 常設展示室書画コーナー

渋沢栄一の活動と活動についての考えや心情を栄一自身から聞く「雨夜譚会(うやたんかい)」の活動とその記録を紹介します。

見どころ
当館では渋沢栄一や周辺の人物について関係者にご協力いただき情報を収集する「オーラルヒストリー」にも力を入れています。収集した内容は、展示をはじめとする当館の活動に欠かせないものとなっています。
大正15年(1926)から栄一嫡孫の敬三が中心となって行ったオーラルヒストリー「雨夜譚会(うやたんかい)」は、書類や写真だけでは伝えることができない栄一の心情を、後世に残そうとした活動でした。
本展では、この「雨夜譚会(うやたんかい)」と併せて、その前史ともなる栄一自叙伝「雨夜譚(あまよがたり)」、関東大震災被災で中断した「渋沢栄一伝」を関係資料とともに紹介します。人物・渋沢栄一を記録し伝えようとした活動と、その成果を知っていただければ幸いです。
注目資料のご紹介

1 渋沢史料館における「オーラルヒストリー」


展示図録 法学者・穂積陳重と妻・歌子の物語 
〜渋沢栄一のひ孫・穂積重行氏オーラルヒストリーから〜
平成23年(2011)3月 渋沢史料館


2007年から2008年に当館が実施した栄一の長女・歌子が嫁した穂積陳重の孫である穂積重行氏オーラルヒストリー全5回の内容を軸として、穂積家ご所蔵の資料を併せて紹介しました。資料とオーラルヒストリーとを一体化して紹介することができた事例です。


>>企画展法学者・穂積陳重と妻・歌子の物語
▲トップへ

2 「雨夜譚(あまよがたり)」関係資料

雨夜譚(あまよがたり)とは
明治20年(1887)、栄一が子弟に乞われて自らの半生を語った際の口述筆記。生き生きとした描写は、栄一と周辺の様子をよく伝えており、栄一の明治政府仕官時代までを概観する資料として多くの作品、資料集の底本として使われています。


雨夜譚(あまよがたり)稿本 
渋沢栄一述 渋沢青淵記念財団竜門社編

栄一が自らの半生を語った「雨夜譚(あまよがたり)」は、一通りまとめられてからも栄一みずからにより何度も講読され、内容の吟味が重ねられました。この稿本には「青淵先生加朱[1]原本」と書かれており、栄一が推敲したものであると思われます。本編の殆どに『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』(明治33年(1900)竜門社編)掲載の「雨夜譚」が使われており、栄一は印刷された同書に加筆していたようです。なお、この稿本は、昭和43年(1968)5月刊行の『渋沢栄一伝記資料』別巻第5に「雨夜譚」を収録する際に原稿として使われたもので「赤鉛筆、赤インクはその折のものなり」と記されています。当館に伝わる「雨夜譚」本編の成り立ちを示す資料は、この1冊だけです。

脚注:[1]実際には石へんに朱という字が書かれています。
▲トップへ

3 「渋沢栄一伝」関係資料

「渋沢栄一伝」とは
栄一の娘婿である穂積陳重、阪谷芳郎の発案で編纂された栄一の伝記。栄一が主宰して制作した『徳川慶喜公伝』完成を機に、渋沢同族会が慶喜公伝の編纂関係者に編纂を依頼。歴史学者・萩野由之を主任として井野辺茂雄、渡辺轍、高田利吉らが、渋沢栄一の伝記編纂に移行しました。大正12年(1923)の関東大震災により関係資料のほとんどが焼失したため、同年10月、未完のまま編纂作業を中止しました。校正作業を終えた第1章から第5章までの稿本と初稿が当館に伝わっています。これらは編纂関係者の手元にあったため焼失を免れたものと考えられます。


渋沢敬三宛通知状
大正11年(1922)6月 渋沢同族会編纂所


渋沢同族会編纂所より敬三に宛てられた通知状。「渋沢栄一伝」編纂が渋沢同族会主宰であったこと、この時期の「雨夜譚会」が、「渋沢栄一伝」の内容を吟味する場でもあったことがわかります。

▲トップへ

4 関東大震災後に開催された「雨夜譚会(うやたんかい)」関係資料

「雨夜譚会(うやたんかい)」とは
栄一から談話を聞くための会。名称は栄一が自らの半生を語った『雨夜譚』に由来すると思われます。
「渋沢栄一伝」編纂のための「雨夜譚会」は、大正6年(1917)5月から同12年7月にかけて渋沢事務所を会場に40回余り開催されました。その記録は多くの資料とともに関東大震災で焼失しているため、内容を知ることはできません。
大正15年(1926)10月、栄一嫡孫の敬三を中心に、あらためて「雨夜譚会」が発足。身内は伝記を作る立場ではないとし、後世に栄一の伝記をつくるための資料収集と、事実の経過を示す書類資料からは伝わりきらない栄一の考えや心情を記録することを目的としました。テーマを決めて栄一の談話を聞く「雨夜譚会」は31回を数え、その成果は栄一を伝える貴重な資料となっています。


雨夜譚会予備調
雨夜譚会編


雨夜譚会では、事前に質問項目と参考資料を用意して会に臨みました。テーマを定めて話を聞く方法は、栄一が旧主徳川慶喜に対して行った「昔夢会」を踏襲しています。
▲トップへ
関連サイト
●[今日の栄一] 1926(大正15)年10月15日 (86歳) 第一回雨夜譚会開催 【『渋沢栄一伝記資料』第57巻掲載】(実業史研究情報センター・ブログ)別サイトへ

●渋沢栄一記念財団 渋沢栄一/渋沢栄一資料リンク

●『渋沢栄一伝記資料』第57巻 目次詳細(網文)

●渋沢栄一記念財団 渋沢史料館/ミュージアムショップのご案内/取扱い商品のご案内


▲トップへ
このサイトについて サイトマップ リンク 問合せ先と所在地
Copyright Reserved by shibusawa Ei'ichi Memorial Foundation 2002-2006