公益財団法人 渋沢栄一記念財団 渋沢栄一
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3.個人・生活・家族 質問と回答

Q1 生家から飛鳥山まで、渋沢栄一の住居を教えてください。
A1 渋沢栄一は、文久3(1863)年旧暦11月8日、渋沢喜作とともに故郷血洗島を出立、伊勢神宮参拝を名目に京都に赴きます。一橋慶喜に仕官し、京都に定住の後、ヨーロッパへ派遣されました。帰国後、短期間、静岡に住み、明治2(1869)年に上京後は、湯島天神中坂下、神田小川町裏神保小路に住みましたが、それ以後の住居は以下のように移りました。

東京第一大区拾五小区海運橋兜町2番地
  1873(明治6)年7月8日〜1876(明治9)年8月26日(栄一満33歳〜36歳)
東京深川区福住町4番地
  1876(明治9)年8月26日〜1888(明治21)年12月6日(栄一満36歳〜48歳)
東京兜町2番地(新築、洋風邸)
  1888(明治21)年12月6日〜1901(明治34)年5月10日(栄一満48歳〜61歳)
東京府下北豊島郡滝野川村元西ヶ原(王子飛鳥山邸)
  1901(明治34)年5月10日〜1931(昭和6)年11月11日(栄一満61歳〜91歳)

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Q2 どんな食べ物が好きだったのでしょうか。
A2 1916(大正5)年の渋沢栄一の言葉によると・・・・
甘味や脂肪分の多い食べ物を好み、時々お菓子をいただくこともあったそうで、晩餐では、天ぷらや鰻、けんちん汁、野菜(ナスやお芋)を食べていたそうです。

朝昼晩のお食事を紹介すると・・・・
朝は、オートミール(ミルク、砂糖入り)とスープ、半熟卵2個、トースト2枚、紅茶と果物を食べます。昼は、洋食。晩は、日本食であれば、常盤、新喜楽、瓢家の料亭で、洋食であれば、帝国ホテル、築地・上野の精養軒、中央邸で会食をされていたそうです。

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