情報資源センターだより

51 渋沢栄一の道徳経済合一説と響き合う : 「サステナビリティ」に関するアーカイブズ国際会議で講演

『青淵』No.809 2016年8月号|情報資源センター 企業史料プロジェクト担当 松崎裕子

 企業はモノの生産やサービスの提供などの事業により価値を創造し、社会の中で重要な役割を担っています。そして、事業を継続し価値を創造し続けることを通じて社会に貢献していく「公益」の追求こそが企業の使命と言えます。

 情報資源センターでは、この「公益」の追及をサポートする一つの手段と位置付けて、「ビジネス・アーカイブズの振興」に取り組んできました。ビジネス・アーカイブズとは、会社創業から今日に至るまでの間に業務の中で生み出されてきた文書や商品など、会社と事業の歩みを記した記録であり、そのマネジメントにあたる部署や機関を指します。アーカイブズにある資料は長期にわたって保管され続けるものと言えます。

 アーカイブズとして受け継がれてゆく文書記録や商品などのモノ、またそれらが保持する情報は、近年あらゆる組織に求められる説明義務への対応(アカウンタビリティ)や、会社のアイデンティティの確立、企業文化の継承に欠かすことができません。企業が将来にわたって事業を継続し、公益に奉仕するためには、アーカイブズが不可欠です。自らの来歴を適切なエビデンス(証拠)を基に説明することができる組織は、社会から大きな信頼を獲得することができます。そのような意味で、ビジネス・アーカイブズは組織における貴重な経営資源なのです。

 このような理由から、情報資源センターでは毎年世界各地で開催されている国際アーカイブズ評議会(ICA)企業アーカイブズ部会(SBA)の運営委員会と国際シンポジウムには積極的に参加して、海外のビジネス・アーカイブズの関係者との情報交換を積極的に進めてきました。

 今年は、米国アトランタのコカ・コーラ本社を会場として、4月3日(日)にSBA運営委員会、4日(月)~5日(火)に国際シンポジウムが開催されました。今年のシンポジウムのテーマは「サステナビリティ」。この言葉は、もともとは自然環境との調和を図りながら発展する、という意味合いで使われ始めた言葉です。その後、自然環境にとどまらず、企業を取り巻くさまざまな環境・社会との間で調和・バランスをとり、新しい価値の創造を継続すること=持続的成長を目指す、という文脈でしばしば用いられるようになってきました。これは「公益」の追求と読みかえることができ、渋沢栄一の道徳経済合一説と強く響き合うテーマと言えます。

 アトランタのシンポジウムでは、ビジネス・アーカイブズが未来に向けての会社の持続的な成長にどのような形で寄与することができるか、またアーカイブズ自体の持続的成長に役立つものは何か、という問題に関して、さまざまな事例報告が行われました。米国からはコカ・コーラ社、ハーレー・ダビッドソン社、リーバイ・ストラウス社ほか、ヨーロッパからはギネス社、ロッシュ社、ロイズ銀行、ブリティッシュ・テレコムなどが登壇しました。情報資源センターが今回の会議で紹介した日本の資生堂は、1872年創業で、140年を超える長い歴史を持っています。過去の記録や資料をきちんとアーカイブ(蓄積)して独自の企業文化を築いてきました。そして商品や広告を通じて、日本近代の化粧文化、女性文化、都市文化(東京、銀座)の一端を担ってきたこともよく知られています。

「まず資料館に行くように」- アーカイブズが支える資生堂の企業文化

 このような伝統ある企業であっても、経営をとりまく環境の激しい変化への対応のためには、これまでの慣習にとらわれず、変革を必要とする場合があります。同社では2014年4月、戦後初めてCEO・社長を外部から招聘して、経営改善に乗り出しました。そして、新社長は就任直後に企業資料館を訪れると「資生堂は革新の連続があって今日があるということが分かった」という感想を表明するとともに、新しく外から入ってくる社員には、「まず資料館に行くように」、と指示しています。

 新しい経営トップが、サステナビリティの観点からアーカイブズを担当する同社企業資料館を高く評価した要因として、講演では次の3点を紹介しました。(1)140年にわたる事業の継続と成長の要因を的確に記録する企業アーカイブズ・コレクションの構築に努め、それを展示という形で可視化してきたこと、(2)専門性を持った人材と日本的なジョブ・ローテーション型人材を巧みに組み合わせたハイブリッド型の人事管理を行ってきたこと、(3)高いレベルの調査研究活動を20年にわたって行ってきたこと、です。

 シンポジウムには米国、ヨーロッパ、アジア、南米から130名を超えるビジネス・アーキビストの参加を得ました。また、基調報告者の1人には国連グローバル・コンパクトのガバナンス・社会サステナビリティ部門のトップで法務部門最高責任者のUrsula Wynhoven氏を迎えるなど、アーカイブズを仲立ちとして、これまで以上に企業と社会のよりよい関係に焦点を当てるシンポジウムになりました。

参考リンク

資生堂のアーカイブズ:サステナビリティとトップ・マネジメント・チェンジ
・日本語版:https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc009_shiseido.html
・英語版:https://www.shibusawa.or.jp/center/ba/bunken/doc010_shiseido_en.html


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