ウェブサイトは閲覧室

実業史研究情報センターの誕生 目次:

4. 小出いずみ「ウェブサイトは閲覧室 : 渋沢栄一記念財団実業史研究情報センターのサービス拠点」(2010)


 『図書館雑誌』Vol.104, No.6(日本図書館協会, 2010.06)の特集「図書館ウェブサイトの展開」に掲載された「ウェブサイトは閲覧室 : 渋沢栄一記念財団実業史研究情報センターのサービス拠点」をご紹介します。「ウェブサイトは閲覧室」というモットーは、「文化資源を作り出す」というもう一つのモットーとともに実業史研究情報センター長・小出いずみによって発案され、長年にわたって実業史研究情報センターにおける活動の基本方針とされてきたものです。このモットーに込められた精神は、情報資源センターと改称された現在においても引き継がれています。

4. 小出いずみ「ウェブサイトは閲覧室 : 渋沢栄一記念財団実業史研究情報センターのサービス拠点」

『図書館雑誌』Vol.104, No.6(日本図書館協会, 2010.06)p.362-363掲載

センターの方向性

 「図書館」の一般的なイメージは、実業史研究情報センター(以下、センター)には当てはまらない。蔵書を構築し資料を管理するが、内部利用の閉架書庫があるだけで固有の閲覧室はない。「利用者が来館する」ことはまずなく、外部に対してはリモート・サービスが中心である。この点、通常の図書館像とはかけ離れている(近頃の社内専門図書館にはこのようなところが増えているかもしれない)。ところがセンターは昨2009年、Library of the Yearの優秀賞に選ばれた。 つまり公共的な「図書館」として認められた。センターの活動が、図書館の仕事の本質である「利用者と資料・情報を結びつける」機能を満たしている、と評価されたことは感慨深かった。

 センターについては以前『びぶろす』に「文化資源を作り出す」という紹介記事を書いたので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。センターは渋沢栄一(1840-1931)を記念して構想されたが未完に終った「日本実業史博物館」を現代的に実現することを使命とし、2003年11月に財団三つ目の事業部として設置された。この博物館構想に向け収集された資料は戦後、国の機関(現在の国文学研究資料館)に寄贈、今は当財団の所蔵ではない。したがってこの構想を現代に「実現」するためにはデジタル技術は必須であった。構想した渋沢敬三は、資料を収集・分類し、資料集を編み研究に供することに情熱を傾けた人である。敬三の方法論を現代の情報環境に置き換えると、「情報アクセス」、「代替アクセス」(注1)であることが見えてきた。そこで資料を情報資源化し、またデジタル化してアクセスを高めることが選択された。センターの活動対象領域は、敬三の博物館構想に倣い、渋沢栄一とその活動の背景である近代日本の歴史を主としている。

レファレンス・ツールの開発と公開

 センターでは、財団所蔵資料の制限的な性格を越えるべく、さまざまなレファレンス・ツールを開発し、公開している。「出来たところからウェブに出す」のが共通する特徴で、使いながら拡張・改良していく方針の、成長するツールである。ウェブを使うことでサービス対象は世界中に広がった。以下、現在公開中のツールの一端を紹介する。

 最初に取り組んだものに、「社史紹介」(注2)がある。これは社史の解題集で、およそ3か月毎にタイトルを追加し2010年3月現在291社の421タイトル494冊の社史を掲載している。解題目録は印刷物にも在るが、これはDBとして使える。現在は被伝者である会社名の五十音順のリストからその会社の社史の解題を表示する仕組みになっている。収録数が次第に増えるにしたがって、リスト表示から書誌情報や解題中の語の検索も念頭に入れた構造に組み替える必要があり、いずれ変更する予定である。

 「渋沢栄一関連会社社名変遷図」は、500社といわれる渋沢栄一が関係した会社が現在のどこへつながっているかを調査してまとめたもので、2008年の掲載開始から順次図を追加し2010年3月現在、23業種の101図になった。これも今のところ一覧型のツールである。変遷図は画像でできていて検索エンジンの検索対象にはならないが、変遷図に掲載された社名変遷の典拠資料を示すページもあり、これがGoogleなどの検索エンジンで拾える。「変遷図 A社」として検索すると、A社の社名変遷の典拠資料のページが検索結果のトップ(または上位)に表示され、典拠資料のページから変遷図自体にとぶことができる。

 「企業史料ディレクトリ」は企業史料群に関する案内、企業史料の特別コレクション案内のようなもので、事業会社・団体および史料保存・学術研究機関に保管されているアーカイブズ資料について、資料群の概要の情報を提供している。現在33社・機関について掲載、リストから詳細情報を表示させる構造である。今後も少しずつ充実させていく予定である。

ウェブ上でのコンテンツ提供

 特別に作成したコンテンツの例には「実業史錦絵絵引」がある。センターでは幕末明治期の産業シーンの錦絵を収集しているが、この絵引サイトでは、錦絵が閲覧でき、またその作品に描かれたものの名前や解説を見ることができる。国立情報学研究所高野研究室と共同開発した。今後も錦絵を追加して掲載していく予定である。幸いこのコンテンツは昨年 [2009年] グッドデザイン賞を受賞した。

 渋沢栄一に関する資料は『渋沢栄一伝記資料』(以下『伝記資料』)(注3)として編纂・出版されているが、全68巻、全体でおよそ48,000ページに上る大部のものである。各巻の目次は一つの記入が年月日と出来事の要約から成っていて、それだけでも十分に概要を把握できる。現在この基本資料集の本編(1‐57巻)の目次をウェブで提供している。 構成は雑誌の「総目次」のように一覧であるが、ウェブ上の目次にはGoogleのカスタム検索窓を用意した。これによってデータベース構造をもっていなくても全文検索ができる。ウェブ目次でなく通常の検索エンジンからも、「伝記資料 検索語」を入れれば、上位に表示される。

 テーマを絞った資料提供も行っている。その第一弾は、「渡米実業団」で、これは1909年8月から12月にかけて渋沢栄一を団長として実業家50人がアメリカ各地を訪問したときの記録を中心にサイトを構築した。地図や写真も掲載し、リンクを多用した立体的な構成になっている。大きな特徴は、渡米実業団の旅行記の日録をブログに作って提供していることである。

 ブログの仕組みを用いてその他にも資料を提供している。「今日の栄一」もその一つで、『伝記資料』の記事本文の一部を、該当する日付毎に掲載している。

 ブログの使い道は資料提供の他にもいろいろある。発信だけでなく情報集約の一手段としても位置づけ、日々ウェブ上に発生してはやがて消え行く(であろう)渋沢栄一関連情報を集めてある

 以上の情報・資料提供のもととなっているのは、社史情報や社史に掲載された情報のデータベース構築、デジタル『伝記資料』の作成など、進行中の大型プロジェクトであるが、ここでは省く。

サービス拠点

 最近 [2010年4月5日] センターのトップページを改訂、センターの仕事全体がわかりやすく提示されるようになった。その所為か各コンテンツが満遍なく閲覧されるようになり、メールマガジンの申込が増えた。

 スタッフにはIT専門家はいない。素人ながら検索エンジンに見つけてもらいやすいページ作りを心がけ(SEO)、成長するツールの更新情報が効率よく配信される仕組み(RSS)も組み込むなど、それなりに努力している。

 センターの場合、情報源の開発と代替アクセスに活動を集約しているのは、「幻」の博物館、つまり物理的アクセスが適わない博物館の実現を使命とするからである。情報アクセスやナビゲーション重視という図書館の手法によって、「幻」に近づこうとしている。ウェブサイトはそのサービス拠点として、世界中からアクセスできる閲覧室の役割を担っている。

注1:実際の資料の代わりに資料の複製やデジタル画像(またはテキスト)へのアクセスを指す、筆者の造語。たとえばアジア歴史資料センターは代替アクセス提供の好例。

注2:門倉百合子「『渋沢栄一』や『実業史』関連情報を資源化し,レファレンスツールとしてウェブで発信」れふぁれんす三題噺149(『図書館雑誌』Vol.102, No.6、p.394-395)も参照。

注3:渋沢栄一に関する資料集で、編纂主任は土屋喬雄、本編全58巻が渋沢青淵記念財団竜門社編、渋沢栄一伝記資料刊行会刊(1955-1965)、別巻全10巻は渋沢青淵記念財団竜門社編刊(1966-1971)。

参考リンク

文化資源を作り出す : (財)渋沢栄一記念財団実業史研究情報センターの活動 / 小出いずみ (PDF)
 『びぶろす = Biblos』平成19年10月号(電子化38号)(国立国会図書館総務部, 2007.10)掲載

小出いずみ(こいで いずみ) : 渋沢栄一記念財団実業史研究情報センター長


5. 実業史研究情報センター実績集