○目的
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「…この曖依村莊の一遇に近世經濟史博物館を建設したいのであります。凡そ博物館は一國一民族の教養を示す度合ともなるもので…
この内經濟に關する部門を引き離した、殊に幕末から明治へかけての我々國民にとつて最も異常なる劃期的な變化を如實に示すべき博物館は未だ何處にも企劃されてゐないのであります。近世以前の經濟史に就きましては他の基礎文化と分化し難いのでありますからこれは他の機關に委ねる事とし、叉挽近の科學を應用した最近代産業は他日建設する機會もあらうと思はれる工業博物館にまかす事とし、此處には青淵翁の一生に因んで丁度その誕生少し前より明治末期に至る我國民の經濟發展を示す所の近世經濟史博物館の建設を提案したのであります。」(一つの提案より) |
○規模と内容
青淵翁記念室(100坪)
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「翁遺愛ノ品、写真、著作物(筆跡、著書等)、模型、ジオラマ、図表等ヲ出来得ル限リ効果的ニ応用シテ、翁ノ伝記ヲ可及的如実ニ且簡明ニ展示シ、一目翁一代ノ変化性、多角性、一貫性ヲ見ルヲ得セシムルコト。此室ニ関スル限リ翁一生ノ序次ニナラヒ、経済以外ノ事項即チ教育、国際親善、労働問題、社会事業等総テヲ網羅スルコト」(計画案より。以下同じ)
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近世經濟史展觀室(450坪)
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「文化文政ヨリ明治末葉迄ノ我国経済史ノ各部門ニ亘リ変遷並ニ発展道程、ソノ程度及方向、接触文化ニヨル変移ノ度合又ハソノ反動等ニ付テ基礎的ナリト考ヘラルルモノ並ニ特ニ商業史的ニ重要性アルモノ及ビ興味深キモノニシテ展観技術上効果的ナルモノヲ選ビ、実業教育及ビ社会教育ノ資料トナスコト。依テ軍事、外交、政治、学術、芸術、宗教、貴族文化、常民基礎文化ノ大部分ハ原則トシテ展観セズ必要ノ場合ニ限リ展示スルコト。又図書、文書ノ類ハ之ヲ青淵文庫ニ譲ルコト」 |
肖像室(50坪)
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「凡ソ功績ノ大小、貴賎貧富ヲ問ハズコノ時代ニ活躍シタル極メテ広義ノ経済人即チ近世ニ於ケル経済文化ニ貢献セル実業家、企業家、産業家、工業家、農業家、鉱業家、漁業家、学者、評論家、発明家、篤農家、其他ノ肖像ヲ出来得ル限リ蒐集シ一定ノ額縁ニ納メ、一々氏名並ニ略伝ヲ付シ、各部門ニ分類シテ之ヲ掲ゲ以テ祖先ニ対スル感謝景仰ノ念ヲ厚ウスルニ資シ又以テ経済招魂室トシテ社会教育ニ裨補シタキコト」 |
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