世界/日本のビジネス・アーカイブズ

地方史か会社史か : 多国籍企業海外現地法人アーカイブズの責任ある管理

地方史か会社史か : 多国籍企業海外現地法人アーカイブズの責任ある管理[原注1]

認定アーキビスト エリザベス・W・アトキンス
[PDF版 (61KB)]


<目次>

はじめに
さまざまな観点 : 企業(Corporate) 対 地域社会(Community)
さまざまな観点 : 歴史家(Historians) 対 企業アーキビスト(Corporate Archivists)
さまざまな観点 : 保存機関(Repositories) 対 企業アーカイブズ(Corporate Archives)
さまざまな観点 : アメリカ合衆国(U.S.) 対 ヨーロッパ(Europe)
アーカイブズ記録のためのベストプラクティスを見出す
クラフトフーズ社ベンチマーキング調査が提起する経営管理上の問題点
結論
[注]
【解題】


はじめに

 多国籍企業の現地法人の歴史に関わりがあるのは誰でしょうか。その答えは私たちすべて、つまりアメリカ、ヨーロッパ、そしてそれ以外の場所の、企業、地域社会、アーキビスト、そして歴史家たちです。しかし、誰の関わりがもっとも重要であるかに関してはさまざまな見方があります。

 アーキビストたちは最近になってようやく、多国籍企業のアーカイブズ記録の管理を組織的に行うという提案に取り組み始めたところです。あるひとつの理想的な方法が一般的合意を得ているわけではないのですが、その成果に関心を寄せる多方面の人々のニーズと見方を理解することが必要です。ベストプラクティス[訳注1]を特定し検討する近年の試みは、この問題の意味を明らかにするのに役立ってきました。結果として、アーキビストたちは、しばしば相対立する関係者の考え方はもちろんのこと、限られた資源、法制度や言語や文化の違い、地理的隔たり、職業上の基準、そして電子記録といった問題解決に着手することができるのです。

 本報告ではこのテーマに関心を寄せる人々のさまざまな考え方を論じます。そして企業アーキビストとしての私の観点から、関連するいくつかの問題を探ります。

さまざまな観点 : 企業(Corporate) 対 地域社会(Community)

 多国籍企業の観点からすると、多国籍企業の記録は企業の私的財産です。記録に含まれる地域社会的関心や歴史的な興味は二次的なものとみなされるべきものです。企業は自分たちの記録を、業務を管理するために作り出された団体資産(collective assets)、時として、記録に含まれる情報を収集し、組織化し、管理するために莫大な資金と労力を注ぎ込んで得られた団体資産であるとみなします。

 企業は自分たちの記録がどのように管理され提供されるかについて、多くの合理的な懸念を抱いています。つまり、企業は事業を展開し、規制や法律そして財政上の要件に応えるために、自分たちの記録にアクセスしたり、記録を生み出したりすることができなければいけないのです。顧客、従業員、取引先のプライバシーを保護しなければなりません。企業は自分たちの記録に含まれる部外秘とされる通信を守らねばなりません。(部外秘にあたる通信とは企業の顧問弁護士と従業員の間で取り交わされたもので、その記録には法律上の意見が求められていたり提供されていたりします。もしそれらの通信のどれかが社外の何者かに提供された場合、その企業は顧問弁護士との通信すべてを非公開に保つという能力を失うかもしれないのです。)企業は訴訟や企業の名声に対するメディアの攻撃に応えて、自分たちを防衛するために記録を利用することができなければいけないのです。企業は自分たちの商標権や他の知的財産権を保護することができなければいけませんし、場合によってはそれらからライセンス収入を生み出すことを選択するかもしれません。

 海外現地法人が拠点とする地域社会や政府機関もまた、いくつもの要因に基づいて、現地法人の記録に関わりがあると主張します。ひとつの要因は経済的な影響力です。つまり、海外現地法人は地域社会に対して経済的影響力、場合によっては長期にわたる影響力を持ちます。もうひとつの要因は成長です。海外現地法人は地域社会の成長、発展、あるいは衰退の一因となってきました。第三の要因は資源です。現地社会は土地、資材、そして従業員を企業に提供します。最後に、共有遺産(shared heritage)という要因があります。地域社会の歴史は、海外現地法人の歴史や、現地法人が位置する地方や国の歴史と密接に絡まり合っています。

 企業と現地社会の双方が海外現地法人の記録に正当な利害を持っていることは明らかです。

さまざまな観点 : 歴史家(Historians) 対 企業アーキビスト(Corporate Archivists)

 歴史家と企業アーキビストはどちらも企業のグローバルな記録がどのように管理されるのかに関心を持っていますが、その理由は異なっています。歴史家は企業が事業を行っている現地社会の中で企業が果たしてきた役割を文書で証明することに関心があります。歴史家にとっては、企業が内部利用のために記録を保存するばかりでなく、学術研究者に対して記録を提供することが重要なのです。

 企業アーキビストの最大の関心事は企業に奉仕することですが、自分たちの管理下にある記録に対する歴史家の関心にしばしば共感を寄せます。所蔵資料に対するアクセスを許可するか否かを考えるとき、企業アーキビストは歴史家の利益にはならないような多くの要因を考慮するかもしれません。例えば、業務サービスに直接関連しない社外からの要望を扱うには時間的人的資源が限られていること、記録に含まれる私的情報、個人的情報、部外秘情報、あるいは商売上デリケートな情報といったものに対する懸念、そして企業記録へのアクセスを要求する外部研究者の正当性や動機あるいは公平性といった要因があります。

 その結果、多くの企業アーキビストは所蔵資料を外部の研究者には閉ざすという選択を行うか、さもなくば所蔵資料にたいする限定的なアクセスしか与えないことを選ぶのです。

さまざまな観点 : 保存機関(Repositories) 対 企業アーカイブズ(Corporate Archives)

 ある企業のアーカイブズ記録は最後には企業アーカイブズに移されるかもしれませんし、あるいは社外の収集保存機関(collective repositories)に移管されるかもしれません。ここにも考え方の相違が存在します。保存機関のアーキビストは、より広範な研究者グループに対して企業のアーカイブズ記録を提供していくべきだ、という意見を持つことが多いのです。記録に対するアクセスを提供するにあたって取捨選択を行うことは、保存機関のアーキビストの役割ではありませんし、好むところでもないのです。

 企業アーキビストは、誰をアーカイブズに招き入れるのかをいつ決定するのか注意深く選定することが絶対に必要であると考えます。後々著書や論文の中で文脈を無視してアーカイブズ記録を引用して企業を攻撃する人間に、万が一企業アーキビストがアクセスを許可するならば、それは企業経営者からの支援や資金の途絶、あるいはアーカイブズの閉鎖まで意味するでしょう。企業アーキビストは外部の研究者のアクセスを主張する必要性よりは、内部でアーカイブズを発展させ擁護する必要性をより一層感じています。

 さらに、企業アーキビストが企業のニーズに奉仕することを当然のこととして強調することは、保存機関アーカイブズ(repository archives)におけるのとは違った評価・収集戦略をもたらします。企業アーカイブズはマーケティング、広報、法律活動を支援する記録を収集する傾向があって、これらの部門は企業アーカイブズのサービスを最も頻繁に利用しています。

 収集に関する優先順位にもよりますが、保存機関のアーキビストはある特定の企業とその製品あるいはサービスに関する高次の概括的記録、あるいはその企業の全活動に関するより包括的な記録を選別・収集するでしょう。

さまざまな観点 : アメリカ合衆国(U.S.) 対 ヨーロッパ(Europe)

 米国では、企業の記録を収集するという課題に前向きでうまく取り組んでいる保存機関はあまりありません。資金は限られ、そして記録の量は圧倒的でしょう。ヨーロッパでは、企業記録収集に特化した多くの保存機関が存在し、多くの場合(ノルウェイ国立アーカイブズのように)これらの保存機関は国家的使命を持ち政府資金を受けて運営されています。

 企業アーカイブズは米国においては標準的なものではありません。アーカイブズを持つ企業にとって、企業アーカイブズとは私的な財産であり会社の資産であるというのが一般的な見方です。ヨーロッパでは、企業の記録はしばしば国民的文化遺産(national cultural heritage)の一部であると考えられています。国民的文化遺産への注目はヨーロッパに限ったものではありません。カナダでは、「全体的アーカイブズ(total archives)」と呼ばれる概念に具体化されています。この「全体的アーカイブズ」の概念はカナダ国立アーカイブズと数多くの公的保存機関によって採用されています。「全体的アーカイブズ」概念は企業の記録が国民的遺産の一部であり、公的保存機関がその収集方針に私的な記録を含めることは適切であると認めています。

 このように多様な観点がある結果、多国籍企業の海外現地法人の記録を管理するのに適した手続きを定めることは複雑なことなのです。

アーカイブズ記録のためのベストプラクティスを見出す

 多国籍企業海外現地法人のアーカイブズ記録管理でのベストプラクティスを特定する試みが、最近2つほど行われました。ひとつは国際文書館評議会(ICA)企業・労働アーカイブズ部会の運営委員会によって開発されたものです。もうひとつはクラフトフーズ社アーカイブズが行ったベンチマーキング[訳注2]調査です。

ICAレポート

 ICAの企業・労働アーカイブズ部会は、企業アーカイブズに権限を与える法律、企業の記録を収集する主要な保存機関、企業の記録への主たる手引き、そして企業アーカイブズ問題を扱った定期刊行物と文献、といったものを国別に確認しながら、企業の記録に関する国際的なアーカイブズ実務を調査しました。

 ICAレポートは主として収集保存機関(collecting repositories)、とりわけヨーロッパの収集機関の視点から書かれたものです。このレポートは私的財産を保護しようとする企業の関心と、企業が事業展開する国々での研究者と国民の企業情報に対する関心の間に緊張関係があることを認めています。このレポートは、国民的文化遺産の一部としての企業アーカイブズ、というコンセプトを強く打ち出しており、最高経営責任者たちがまず自分たちの記録を保持するように、次いで記録を外部の研究者に公開できるように議論を提起すべきだと述べています。

 ICAレポートは多国籍企業における最善の、もしくは望ましいアーカイブズ実務のための3つの基礎的指針を提案しています。一つには、経営管理者は企業の記録に責任を持つ必要があるということです。これは専門職スタッフならびに、企業外の研究者に企業の記録を精査することを許可するアクセス方針を提供するという責任を含みます。第二に、可能な限り、アーカイブズ記録は作成された国に残されるべきであるということ。そして最後に、もしアーカイブズ記録が作成された国から移管されねばならない場合は、記録作成国の研究者に対して低コストでのアクセスが提供されるべきであるというものです。

クラフトフーズ社ベンチマーキング調査

 「グローバル・アーカイブズ・プログラムの最高水準ならびにベストプラクティス」と題されたクラフトフーズ社アーカイブズによる委託研究では、ベストプラクティスに関して違った見方を提示しています。この研究は、グローバルな(アーカイブズ)プログラムを最大限企業に寄与すべく運営しようと試みている企業アーキビストの観点から執筆されています。この研究では、企業内部の記録へのアクセスを外部の研究者に保障すべきか否か、という論点は扱っていません。

 さまざまなテーマに関する実務について、米国ならびにヨーロッパを拠点とする組織を含んだ9組織について調査が行われました。取り上げられたテーマは、グローバルな企業アーカイブズ・プログラム運営に付随する複雑性について、いくつかのアイデアを提起しており次のようなものを含みます。合併や買収が企業アーカイブズ・プログラムへどう影響するか、多数言語を用いた記録への対処戦略、電子記録管理とデジタル資産の利用、グローバルなアーカイブズ・プログラムを集約化または分散化する利点、そして内部ならびに外部に対して提供されるレファレンス・サービスの性質などです。

 この研究がベストプラクティスとして特定したのは次のものです。集中型の方針とプロセスによって管理される分散型のアーカイブズ・プログラム、専門的な優先順位を定めた収集方針、企業の記録管理業務との密接な連関性、そしてアーカイブズ部署ごとに最低ひとりの専門的アーキビストを配置することです。

クラフトフーズ社ベンチマーキング調査が提起する経営管理上の問題点

 ベストプラクティスに関するふたつの取り組みは、どちらも問題点を明確にするのに役立っています。クラフトフーズ社ベンチマーキング調査が提起する問題を探ってみたいと思います。

 もっとも重要な問題として考慮すべき点のひとつは、集中型のアプローチを選択すべきなのか、分散型のアプローチを選択すべきなのか、という問題です。集中型アプローチでは、アーキビストは親会社本部に記録を移管することによって、企業のグローバルな活動を示す記録を特定し積極的に収集しようと努めます。分散型アプローチでは、アーキビストは世界中に存在するその企業にとって重要な地域や市場で、「サテライト」アーカイブズ・プログラムを創るのです。そのため地方的な記録は地元に残されます。

 アーカイブズ記録を国の遺産の一部と見る論者は、分散型のアプローチに賛成して、子会社の記録はそれが生み出された国に留め置く必要性を強調します。時として、国の法律がこれを不可避とします。なぜならば記録を自国から持ち出すことができないからです。企業内で分散型を支持する議論はさらに、記録が最も必要とされる最適な場所からのよりよいアクセス、記録を探し出しアーカイブズへ移管する、より高度な能力、そして地元の法律や規定のなおいっそうの順守、を含みます。

 ところが企業アーキビストにとって、この問題はより多くの考慮すべき変数を持つ、もっと複雑なものです。例えば、企業アーキビストは、地球のかなたは言うに及ばず、「自」国においてアーカイブズ記録を適切に管理する資源をほとんど持っていません。分散型を支持する議論はさらに、規模の経済のメリット、記録の編成と記述における一貫性、そしてプログラムの継続性を含みます。同様に、多くの場合、分散型の原理ではアーカイブズ記録を保管し、保存し、そしてサービスに供する基盤が端的に存在しないのです。とりわけ頻発する買収や再編に直面してはそれがいえます。

集中型対分散型 : 実践的な観察と経験からの教訓

 私は分散型アプローチを支持してきました。それは記録を編成・記述・管理する方法において一貫性を与えてくれる共通方針と共通の手続きを用いるものです。しかしながら、これは理論的な管理モデルであって、わたしの知る限りこのモデルを実践している企業アーカイブズは存在しません。このモデルを文字通り実践に移せば、疑いなく予期せぬ欠点をあらわにするでしょう。たいていの企業は相当違ったタイプの分散型アーカイブズを持っています。これらは世界中に広がるさまざまな地域に存在する収蔵エリアを備えた事実上のアーカイブズです。時たまこれらの収蔵エリアはアーキビストによって管理されることもありますが、たいていはちがいます。このような収蔵エリアを見つけ出し、その内容を評価することだけでもひとつの挑戦なのです。

 フォード社では、私たちは数年前に分散型プログラムの検討を始めました。しかし予算の制約からこのプランは凍結せねばなりませんでした。私たちは再度この考えを見直して、実行にあたって克服しなければならないいくつかの課題に気づきました。私たちはスタッフを備えたアーカイブズ保存所(archival repositories)を世界に7ヵ所、スタッフ不在の保存所1ヵ所あることを確認しました。他に未確認のアーカイブズ保存所もかならず存在します。私たちが確認したもののうち、2つはイギリスのヘリテッジ・トラストであり、これらのトラストには公的な義務があって、わたしたちの保存所がそのトラスト内でどのように管理されねばならないかに関する規則も存在します。アーカイブズ保存所のひとつはボルボです。フォード社はボルボ自動車を1999年に買収しましたが、ボルボ・トラックは買収しませんでした。ボルボ・トラックの従業員のひとりはボルボ自動車とボルボ・トラック両社のアーカイブズ記録を管理しています。もうひとつの保存所はマツダです。フォード社はマツダの株式の33.4%を保有していますが、これはフォードの方針とプロセスを義務付けるには十分ではありません。

 このような状況のもと、これらのアーカイブズ保存所の管理を、共通のプロセスと規格に合致させることは一体全体相応しいことでしょうか。あるいはプログラムのある側面を取捨選択して統合することは意味があるでしょうか。フォードの世界本部からの「干渉」とみなされがちなものを、これらの保存所はどの程度不快に思うでしょうか。これらの保存所が直面する特殊な要件や経営事項を、ミシガン州ディアボーンにある私たちの見晴らしの利く地点から完全に把握し、正しく評価することができるでしょうか。多くの保存所のスタッフはアーキビストとしての訓練をまったく、あるいは不十分にしか受けていないという事実に対して、わたしたちはどうするのでしょうか。これらの保存所が記録を管理するのによりよい働きをなすのを支援するためには、人材、インフラ、そして技術各々に投資することが必要です。責任ある支援を提供するのに充分なくらいわたしたちの予算は増加しうるでしょうか。

他の経営課題 : グローバルなアーカイブズ・プログラムを見渡す

言語 : ビジネスの言語は英語ですが、商用通信のかなりの量と同様にマーケティングとセールスの文献、そして従業員のコミュニケーション資料の多くは多種多様な言語によるものでしょう。集中型のプログラムでは、例外的に有能な多言語に精通したアーキビストを配下に持たない限り、これらの記録は企業全体にとって事実上はアクセス不能であり、それゆえ体系的に入手されえません。分散型プログラムにおいてこそ、これらの資料はよりうまく収集・保存される見込みがあります。そこでは地元のアーキビストはその地方の言語に精通しているでしょう。

地域的・全国的対象範囲 : フォードのような大規模な多国籍企業は世界中の多くの地域で活動しています。分散型のプログラムはそれらすべての国々にサービスするために適切な数の保存所を設置することができるでしょうか。おそらくできないでしょう。もっと実際的な解決方法は地域的なアーカイブズ・センターを設置することです。ただし、地域的なセンターでの保管のために、記録が生産された国から記録を移管するに際しての課題が相変わらず残るでしょう。同様に、集中型のプログラムはいかにしてアーカイブズ資料を適切に特定し、企業が活動を行う全ての市場から収集して移管するのでしょうか。

専門的訓練と基準 : アーカイブズ専門団体は教育やアーカイブズの実務に対する国際的な基準を開発しておりません。それゆえ、分散型の活動では、世界中のあちこちのアーキビストは本国のアーカイブズによって確立された方針と実務について訓練されていなかったり、それらを完全に理解していないかもしれません。

買収と再編成 : 買収されたり処分された現地法人やブランドの記録をどのように適切に管理するかについて、合意された基準はありません。処分された現地法人の記録をもともとの母体に返還するのがよいのでしょうか。あるいはその記録を新たな所有者に渡すほうがよいのでしょうか。グローバルな企業アーカイブズにおける集中型アプローチの場合、もし記録を処分することが望ましい選択肢ならば、より容易に実行することができます。

電子記録 : すべてのアーキビストは長期間にわたって電子記録を保存するという考えと格闘しています。いくつかの電子保存戦略が提案されてきましたが、どれも技術における変化を克服するのに容易な解決方法を特定しておりません。技術における変化は、相対的には短期間のうちに電子記録を陳腐化し読解不能にします。電子保存に対処するのに必要なコストと専門的知識のために、電子アーカイブズ記録は分散型に比べて集中型でのほうがよりよく管理されます。電子記録は多くの手ごわい挑戦を提起する一方で、本質において国境を越えてアクセスしやすいという利点を一回きりの投資でもたらします。

 わたしがこの発表の草稿を尊敬する同僚マーク・グリーン(ワイオミング大学アメリカン・ヘリテッジ・センター長)と分かち合った時、彼はいくつかの興味深い考えを示してくれました。

 「電子環境は全てを変えるかもしれない・・・。分散型モデルは過去の記録にのみ適しており、現在および将来の記録には適さず、その登場はある意味で遅すぎたのだろうか?電子環境は、企業にとって初めて、現地事務所にはその記録とまったく同一のコピーを残すことにより現地の法律に忠実にしたがいながら、現地法人の記録を企業本部に「取り込む」ことを可能にするのではないか。電子環境は、企業が喜んで「歴史的」資料を外部者に提供する、あるいは提供できることを多かれ少なかれ可能にするのか。それはより少ない人的資源しか必要としないけれども、企業が公開を望まないもっと多数のこまごましたものを研究者が探し出すことを可能にするかもしれない。」

 言い換えると、電子記録は集中型対分散型に関する全ての議論をくつがえします。そしてこのテーマはわたしがこの報告で提示できることに比べてずっと深い探求に値します。

結論

 ICAレポートとクラフトフーズ社のベストプラクティス・レポートの著者たちのさまざまな考え方の違いにもかかわらず、両者はともに企業アーカイブズ管理に対する分散型アプローチを推奨しています。適切に構成されたグローバル・プログラムが費用の点は言うに及ばず課題の夥しさにもかかわらず、わたしもどちらかといえばこの結論に同意します。さらにふたつの研究は成功のためには専門的人材の配置と支援が不可欠であると結論付けています。外部の研究者がアクセスしやすいかどうかという強調の度合いでは、両者は異なっています。ICAは外部からのアクセスをベストプラクティスとして推奨する一方、クラフトフーズ社のベンチマーキング調査はこの点に関して中立的です。

 これらのふたつのレポートは、専門家たちが企業アーカイブズ管理へのグローバルなアプローチをどうやって形成していくのかという考えを前進させるのに大きく役立ちました。ICAレポートは現存する保存機関、資源、関連法規ならびに慣習に関する幅広い比較研究です。他方、クラフト社の調査は実業界のビジネス・アーキビストの実務と関心を集約して分析しています。まとめるならば、これらの研究はわたしたちが直面する課題、すなわち利害関係者の要求間のバランスをとって、文字通り地球大に広がる経営課題を解決することの意味を明らかにしたのです。わたしたちは解決策を創出するためにともに働きながら、すべての利害関係者の利害を自覚し、それに対して敏感でなければなりません。これこそが、グローバルな規模で信頼でき持続可能な企業アーカイブズ管理を遂行する唯一の道なのです。

[注]

[原注1]
 この報告はもともと2004年6月8日にノルウエイのスタバンガー(Stabanger)での「グローバル・ビジネス:地方の文化遺産」会議で発表された。これはのちに2004年8月25日の国際文書館評議会(International Council of Archives: ICA)大会で発表され、同評議会企業労働アーカイブズ部会(Section for Business and Labour Archives: SBL)によって準備された「企業アーカイブズ国際比較」の報告に収められた。報告全文は以下を参照。
http://www.ica.org/biblio/SBL25082004.pdf

[訳注]
[1] ベストプラクティス:業界内外の最も効果的、効率的な実践の方法。最優良事例。
社会経済生産性本部ベンチマーク推進会議
http://www.jqac.com/Benchmarking/keywords/BM.htm を参照。

[2]経営の質と実績向上のため、ベストプラクティスと自社の業務方法とを比較し、現行プロセスとのギャップを分析、自社にあったベストプラクティスを導入・実現し、現行の業務プロセスを改善する体系的な経営変革の手法。

【解題】

 ここに訳出したのは、Local History Versus Corporate History: Responsible Archival Management of International Subsidiaries of Multinational Corporationsと題された文章です。著者Elizabeth W Adkinsは現在フォード自動車グローバル情報管理部長で、フォード入社以前はクラフトフーズ社アーカイブズ部長の職にありました。アメリカ・アーキビスト協会(Society of American Archivists)の前会長(2006年─2007年)であるばかりでなく、2002年にはアーカイブズ分野で卓越した業績を残した人物を対象とする同協会フェローにも選出されています。アメリカ・アーキビスト協会の会長職のほかに、国際文書館評議会企業労働アーカイブズ部会(ICA-SBL)の運営委員も経験しています。なお文中に現れるワイオミング大学アメリカン・ヘリテッジ・センター長Mark Greeneは彼女の後をついで同協会会長に就任しています(2007年─2008年)。

 原注にもあるように、この翻訳のもとになった報告は2004年6月にノルウェイで開催された「グローバル・ビジネス:地方の文化遺産(Global Business- Local Cultural Heritage)」と題された会議で発表されたのち、同年8月の(ICA)国際会議─4年に1度開催─で発表され、ICAの企業労働アーカイブズ部会が準備した「企業アーカイブズ国際比較(Business Archives in International Comparison)」の報告
http://www.ica.org/biblio/SBL25082004.pdf)に収められたものです。今回訳出したのは、このICA報告を改稿した英文テキストで著者から直接提供されたものです。

 この論文で著者は企業アーカイブズに関わる利害関係者(ステークホルダー)を特定し、それぞれの関係者の企業アーカイブズに対する見方・考え方を明らかにしながら、グローバルに活動する企業のアーカイブズが対処すべき、あるいは考慮すべき課題を整理しています。そのさい著者は関係者それぞれの見方・考え方を、対立する面を際立たせつつ紹介しています。すなわち、企業と地域社会、歴史家と企業アーキビスト、保存機関と企業アーカイブズ、そしてアメリカ合衆国とヨーロッパといった対照を行っています。

 企業アーカイブズに対するさまざまな見方を紹介したあと、著者は多国籍企業現地法人のアーカイブズ管理のあり方に関するふたつの調査を紹介しています。ふたつの調査はグローバルな企業アーカイブズ管理 における集中型アプローチと分散型アプローチを比較検討するものです。ふたつの調査はいずれも分散型アプローチによるグローバルな企業アーカイブズ管理を推奨しています。

 以上のような内容をもつこの報告は日本の企業史料管理、ビジネス・アーカイブズにとってどんな意味をもつでしょうか。第一に、「社史編纂」との関係があげられます。日本では企業アーカイブズ(企業史料)というとまず思いうかぶのが「社史編纂」です。社史編纂の現場では、企業の海外展開に伴い、海外現地法人の従業員や海外市場を念頭に置いた日本語以外の言語による社史も刊行されています。社史によってはコンテンツに占める海外事業史の比重も小さくありません。グローバルな企業史料管理における分散型アプローチの実践は、今後の社史編纂のあり方にも寄与するところがあるのではないでしょうか。

 この報告が示唆する二点目は、企業アーカイブズの特性を示している点にあります。企業アーカイブズは企業組織の経営に寄与するという目的を持った存在です。しかしながら関係者は企業アーカイブズに対してそれぞれ違った見方をしています。この報告は「違い」を分かりやすく説明してくれます。このたびの翻訳を通じて、企業アーカイブズ・企業アーキビストの考え方が他のさまざまな関係者─公文書館や図書館等保存機関のアーキビストたち、あるいは歴史家・研究者─によって理解され、議論と交流を通じて相互理解を深める一助となれば幸いです。

訳・解題 :財団法人渋沢栄一記念財団 実業史研究情報センター
「ビジネス・アーカイブズ通信」編集部
2008年1月発行

LOCAL HISTORY VERSUS CORPORATE HISTORY: RESPONSIBLE ARCHIVAL MANAGEMENT
OF INTERNATIONAL SUBSIDIARIES OF MULTINATIONAL CORPORATIONS
by Elizabeth W. Adkins
Originaly published in Business Archives in International Comparison:
Report to the International Council on Archives (ICA) Congress 2004
.
Section on Business and Labour Archives (SBL), ed., Vienna, Austria, 25 August 2004,
http://www.ica.org/sites/default/files/SBL25082004.pdf
Japanese translation rights arranged with Elizabeth W. Adkins and Hans Eyvind Naess
© 財団法人渋沢栄一記念財団 実業史研究情報センター
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